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光泰の足が不便であるのは

2012年10月25日 20:01

58 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/25(木) 00:26:01.46 ID:mWi4GbJz
加藤光泰は初め、斎藤龍興配下の「かつひさ」(姓氏不詳)という人物に仕えて信長と戦ったが、その際に
秀吉によって見出され、「かつひさ」の没落後、その臣となる。
彼は男ぶりいかめしく、勇力は人に優れ、度々軍功を顕したので、腰母衣随一の士に選ばれ、武威を異国にまで
轟かせていた。

元亀2年、竹中半兵衛らとともに近江の横山砦の守備にあたっていた時、浅井勢が突如襲撃してきた。
敵は多勢であったため、守将たちは城内に敵を引き入れて守る策を採る。
しかしながら光泰は一人槍を取り、城外へと出撃したのだ。
この時、例によって不思議なことを言ったのかどうかまでは記されていないが、兎にも角にも光泰は
敵中に突入し、力戦したのである。そして数十人の敵に囲まれ、左の膝口に深手を負う。
最早これまで・・・と思われた時、半兵衛が城門を開いて救援し、彼は九死に一生を得るのだが、
歩行不自由となってしまった。

しかし、三木城の戦いの時には、「病人・手負いの者は今回の戦に従軍せず、郷里に留まって農業をし、
年貢を納めよ」という秀吉に対し、
「歩行が叶わずとも、田里に残って匹夫とともに居ることなどできません」と言って参戦し、毛利による兵
糧搬入を阻止。その後の戦いでも数々の戦功を立てたのである。

59 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/25(木) 00:27:51.38 ID:mWi4GbJz
そんな光泰が、ある時、伏見城において料理を賜わることがあった。
その折、秀吉手ずから引き出物を下されるというので、彼は頂戴するために立ち上がったのだが、
いかんせん左足が不自由であったため体勢を崩し、膳をひっくり返して、飯や羹を座上に散乱させてしまった。

秀吉の近臣たちは光泰の無様な様子を見て笑みを浮かべたのだが、秀吉は彼らを見るや怒りをあらわにし、
「光泰の足が不便であるのは、武門にとって崇敬すべきことである。にもかかわらず汝ら、
愚かにも笑うとは何事か!」
と、近臣たちを大いに叱り付けたという。

加藤光泰貞泰軍功記、曹渓院行状記)





64 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/10/25(木) 17:56:14.00 ID:BUZQaKpv
>>59
蒲生氏郷にも似たような話があったな。

69 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/25(木) 21:36:20.19 ID:OQzYb+gs
>>64
あと福島正則の家来バージョンもあった
なんかテンプレみたいなのがあるのかもしれないな
ttp://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-239.html
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    >例によって不思議なことを言ったのかどうかまでは
    もうすっかり不思議ちゃんで通ってますねw
    にしても、何処の家のどの世代にもこう言った歴戦の
    負傷者を笑うかの様な輩が居たのですかね。
    そう言うのに限って笑える程の働きも無い物。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    何となく、子供の時見たマフィアの映画を思い出した。
    その映画では
    しばらく沈黙があった後、ボスが薄ら笑いを浮かべて、それに追従笑いした人間が
    「何が可笑しい?」の言葉に続いて銃弾を頭にプレゼントされてた。

    同じような状態だったりして(-.-;)

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