蝦夷に下国師季という武将がいた

2012年10月26日 20:01

31 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/26(金) 05:10:22.88 ID:z3mDjgZL
雑魚武将の話を発掘してみる。

蝦夷に下国師季という武将がいた。
下国氏は安東氏の一族で茂別館に拠り下国守護を任じられていた。蠣崎氏と同格以上の家柄である。
また1551年にはアイヌと和人の講和が結ばれ平和な時代が訪れていた。

…にも関わらず、1562年なぜか師季はアイヌの攻撃を受け茂別館を落とされてしまった。
そうして松前に逃れて蠣崎氏を頼り、その臣下に甘んじることになる。
しかしそれだけでは終わらず、息子重季と不和になり、
挙句に頼っていた蠣崎氏から追放されてしまう。
そしてセタナイで1563年死亡した。

ただただ没落しまくったことしか記録がない地方の武将の話。





32 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/26(金) 05:42:18.69 ID:MtAUdzdA
天庵様が興味を示されたようです

34 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/26(金) 18:22:44.89 ID:5bAlAIIx
>32、天庵さまはちゃんと俸禄貰ってる身分で終わってるだろ
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    松前藩の家老に下国豊前ってのがいるけど、この人の子孫になるのかな?
    だとしたらまあなんだかんだ言って子孫はそこそこの待遇だったんだね。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    一旦断絶した後復活したらしい。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    同じ様な感覚なら上野国の岩松さん家も没落の一途を辿ってますよね。
    ま・こちらは一応の直臣に列席出来たけど120石だけだしね。

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