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生駒親正の丸亀城の石垣・悪い話

2008年12月05日 02:15

36 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/04(木) 10:28:37 ID:QXKHsuQZ
豊臣家三中老の一人としても有名な、讃岐十七万石、生駒親正、
彼がその領地にて、丸亀城を築城していたころのお話。

この城の石垣を造るにあたり、親正は、石垣造り天下一との評判の石工、羽坂重三郎に
依頼をした。重三郎の造営術はすばらしく、たちまちのうちに見事な石垣が完成した。
これには親正も上機嫌で

「実に天晴れである。流石は羽坂重三郎。お主の名声は伊達ではないわ。
これほどの石垣ならば、鳥でなくては登る事もかなうまい。」

と、喜んだ。

「そうでもありませんよ」

重三郎はふと、言った。

「余人では無理でしょうが、わたくしなら棒の一本もあれば、このくらいの石垣、登って見せましょう。」

親正も「な、ならば登って見せよ!」と、少々剥きになる。
すると重三郎、大工道具の中から一本の棒を取り出すと、それを石の隙間に差し込みながら、
するすると石垣を登ってしまった。

「この通りでございます」

大したものだ、流石は重三郎である。親正は彼をまた、褒めた。


さて数日後、親正はまたも重三郎を呼び出した。

「実はな重三郎、内々に城から井戸までの、抜け道を造りたいのじゃ。
おぬしの技術を見込んで、どこの井戸から道をつなげればよいか、調べてもらいたいのだ。」

重三郎は喜んでこれを受けた。城の周辺の、一つ目の井戸、二つ目の井戸、と調べていき、
三つ目の、二の丸の井戸の底に入った時


「重三郎、お前がこの石垣を登れるようでは、いざと言う時敵に内通されれば、この城の
致命傷となる。かわいそうだが…」

「と、殿様!?」

親正は家臣に命じ、井戸の中に巨石を落とした。


この、重三郎が巨石の下敷きにされた井戸は、今も「二の丸井戸」として、丸亀城に残っている

そして丸亀城の石垣は、その角度の美しさから「扇の勾配」と呼ばれ、訪れる人たちを今も、感嘆させている。



39 名前:人間七七四年[] 投稿日:2008/12/04(木) 13:22:27 ID:MMA/wgCX
>>36
雉も鳴かずば撃たれまい

合唱

38 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/04(木) 12:23:08 ID:zWAASBGJ
>>37
戦国残酷物語


40 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/04(木) 14:12:50 ID:vWTCcvQ+
ワワワワー♪

41 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/04(木) 14:34:01 ID:cCP+Hu9o
そういえばもう「第九」の季節か

42 名前:人間七七四年[] 投稿日:2008/12/04(木) 17:51:52 ID:dNWJllj0
気がつかなかった
合唱違いかァ

39さんっておもしろい人そうだね

85 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/06(土) 04:56:28 ID:Gm31i4EM
>>36
丸亀城には築城時にたまたまそのあたりにいた豆腐屋をとらえて
人柱にしたため雨が降ると豆腐屋の売り声が聞こえるという話もあり


86 名前:人間七七四年[] 投稿日:2008/12/06(土) 08:04:38 ID:1Q9ibytE
>85
プー
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