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二人の騎将が大きな背旗を負い

2012年11月27日 19:50

598 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/26(月) 23:33:33.87 ID:ORpphC3O
二人の騎将が大きな背旗を負い、大保衣を佩びて陣営の前を過ぎるのを見た
豊臣秀吉は使者に二人の名を問わせた。

使者は馳せて「主将の命である。各々名を伝えよ」と言ったが一騎も答えない。
使者が反命すると秀吉は「お前は馬を降りずに問うたから軍礼を失したのだ。
そりゃあ答えはせん」とさらに別の使者を遣わした。

二騎は馬を降りて小早川隆景の家臣、河田八助楢崎十兵と名乗った。後に
二人は征韓の役で隆景に従いしばしば明兵と戦った。河田の背旗、楢崎の保衣は
ともに雄々しく偉大にして並々ではなかったので、その名を異国に輝かした。

――『近古史談』




599 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/27(火) 09:05:29.22 ID:WR+T6pHf
下馬するしないでけっこう揉めるよなあ
でも、礼というよりもメンツといわれたほうがしっくりするような気も

600 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/27(火) 10:37:14.67 ID:Qx1w0kiF
ぶっちゃけこの礼儀知らずの使者はよく斬られずに済んだもんだ。

601 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/27(火) 10:43:18.94 ID:SwUk9bgw
豊臣直属を斬れるわけがない

602 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/27(火) 12:25:17.12 ID:LWIGGGqm
この下馬する・しないってのはホントに火種になるよな
使者も戦闘中にいちいち下馬してものをいうなんて、って気持ちがあるんだろう

603 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/27(火) 12:27:40.80 ID:cXcv4PNS
長尾景虎改め上杉政虎が...

604 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/27(火) 15:32:08.28 ID:eahOQBlN
島津豊久「○★下馬×△○~○ごわす!」

605 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/27(火) 15:37:34.00 ID:NJOxbHj5
成田さん「ちょっくら水堀数本増やしてくるノシ」

606 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/27(火) 21:24:28.28 ID:XOBI6aC/
現代で言えば車の窓から顔だけだして要件を伝えるようなものかね

607 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/27(火) 21:25:43.66 ID:CgL4870A
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-1895.html
いまさらだが既出?

608 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/27(火) 21:54:29.04 ID:UbDSylm2
相手も騎馬なんだから別にいいじゃんと思っちゃうけど、そういうもんじゃないのか

609 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/27(火) 22:14:25.36 ID:Lzd8dpMl
もともとは敵意のなさを示す動作だったのが礼儀作法化していったのかもな
挨拶の起源もそんなとこだろうと思ってる

610 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/27(火) 22:45:46.92 ID:UUbXdFOe
右手の手首を左手で握りながらその右手で相手の左手首を、
双方で掴むのが敵意のない戦国時代の挨拶だっけ?
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    下馬しなかったがために起きた騒動は結構あるのに、何故使者らはそれを伝え聞いて我が振りを直さなかったのだろうか

    戦場でそんな暇ないにしても、本音はともかく自分に主君の代役としての意味もあるので、なおさら気をつけるべきだと思うし、火種になった事例を見聞きすれば普通は気をつけるようにするものだと思う。

    それでもこれだけの火種事例があるってことは「ほとんどの武将は気にしていないが、くすぶってた火種に発火させる口実として使われてた」ってことなんじゃなかろうか

    まぁ、思っただけなんで

  2. 人間七七四年 | URL | paD8j7Yc

    土岐頼遠「今の時代、わしに下馬を命じるとは、いったいどこの馬鹿者ぞ?
         何?院と言うか?犬と言うか?犬なら射て落とさん!!」

  3. 人間七七四年 | URL | -

    下馬下馬60分・・・

  4. 人間七七四年 | URL | -

    米3殿。
    我が主君が、貴殿に是非とも備前茶を馳走したいと仰せです。

  5. 人間七七四年 | URL | LkZag.iM

    >>603
    成田長泰「我が家は八幡太郎義家公にも馬上での挨拶を許された名門ぞ!
         下馬するくらいなら北条に付いちゃうもんね!」

  6. 人間七七四年 | URL | -

    うろ覚えで申し訳ないがどこかで見たような…
    良くある話なんかな?

  7. 人間七七四年 | URL | -

    既出だな

  8. 人間七七四年 | URL | -

    >2さん
    いやいや、やり過ぎちゃった貴方の場合はその後、首チョンですから。

  9. 人間七七四年 | URL | -

    日本史でもDQNつっぷりなら五指に入りそうな逸材だと思うからな >土岐頼遠

  10. 人間七七四年 | URL | m.2.LkcQ

    酒井忠清「下馬将軍!」
    将軍家光「ゲイ将軍!」

  11. 人間七七四年 | URL | -

    コメ1にすごい納得した。

    伝令の振る舞いそのものよりも、武将同士の信頼や関係性によるのね。

    なんかいい知識が増えた。

  12. 人間七七四年 | URL | -

    ※1
    いや、主君が被官に送った使者なら下馬の礼はとらんと思う。使者は主君の名代なんだし、
    元々の立場も使者と相手先の被官は同僚なんだから、馬上から物を言うのは当然だし。
    でもそれが主君が寄騎に送った使者だと、あくまで形式的には主君と寄騎が同格となって
    その被官である使者と寄騎の間には明確に立場が違うから、下馬の礼をとるんじゃないか?
    で、被官なのか寄騎なのかそこら辺の微妙なパワーバランスを使者がちゃんと考えてなかったり
    戦場の混乱で考える余裕がなかったりして火種になるんだと思う。

    今回の秀吉と隆景が一緒に戦ったのって、恐らく九州征伐の時の話だと思うけど、
    この時はまだ羽柴氏と毛利氏の関係は完全な主従関係を構築していたわけじゃなくて、
    織田―徳川のような従属的な同盟関係、寄騎の関係だったんだと思う。
    ただ、秀吉の家臣にはすでに秀吉が天下人=毛利氏は被官という思い上がりがあったので、
    馬上から声をかけて、いやいや、オレたちはあくまで寄騎だぞっていう隆景の家臣の
    無言の反発があったから、秀吉は改めてきちんと寄騎扱いしたってことじゃないかな。

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