FC2ブログ

谷川大膳の節義

2012年11月30日 19:52

621 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/11/29(木) 20:54:38.49 ID:CYfM9YTg
前に出ているかもしれないが岩屋城に関するお話

高橋紹運の家臣に谷川大膳という者が居た。
岩屋落城前日に紹運の命を受け立花城に使いをし、
島津軍の厳重な包囲をかいくぐり岩屋に戻ったが
時遅く、城は落城し主君も切腹。
そんな事を知らない谷川大膳は門を叩くがどうも様子がおかしい。
そうこうしている間に島津の兵に囲まれ、島津忠長の陣へ連行された。

大膳は尋問を受けたが、悪びれる様子もなく姓名を名乗り
主君の命で立花城に使いした事を申し述べた。
その態度に感じ入った島津忠長は紹運の死と落城を告げ
「当家に仕える気は無いか?今まで受けていた俸禄と
おなじ分を進ぜよう」と誘った。

622 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/11/29(木) 21:03:11.22 ID:CYfM9YTg
続き

大膳はそれを聞くと
「忝い次第ですが、この期に及んでそんな望みはありません。
主君の最期に遅れ、お供が出来なかった事が残念でなりません。
そこでお願いしたい事があります。
立花城からの返書は私の首にかけてあります。
どうかこれだけは、私の首を落とした後立花城に返していただきたい。
もし叶わぬなら、首をはねた後、ご覧いただきたい。」と涙を浮かべ言った。

これを聞いた忠長は涙を流しつつ
「これぞ誠の武士である。紹運殿はいかに名将であった事かがよく分かる。
この者を殺してはならない、またその書状も見る必要はない
大切にしまって立花城へ帰られるがいい」と言って、縄を解き刀を返したばかりか
馬に乗らせ足軽数人までつけて送り返したという。

623 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/11/29(木) 21:12:41.15 ID:CYfM9YTg
続き

大膳は立花城に帰ると立花統虎に書状を返すと
切腹しようとしたので、統虎は驚いてこれを止め
「今そなたが死ぬ事は犬死に等しい。亡き父上(紹運)も喜ばれまい。
どうか、これからは余に仕え、余の馬前で死んでくれよ。」と言った。

その後は立花家に仕え統虎の兵学師範となったが
後に剃髪し、紹運はじめ戦死者を弔いながら一生を終えたそうである。

浅川聞書に伝わるお話ですが、死んだ人たちよりも生きながらえた方が
つらかったのかも知れませんね。
視点によっては良い話では無いかもしれません。




624 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/11/29(木) 21:54:11.70 ID:oQXW4n1B
生きるのも死ぬのもどっちもつらいだろ
優劣つける必要ない

625 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/29(木) 21:58:28.03 ID:5Za6BvO6
いい話だと思うよ

626 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/29(木) 22:34:39.91 ID:CG4P9gBD
>>624
そこに拘らなかったら侍じゃないと思う

627 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/29(木) 22:47:30.88 ID:oQXW4n1B
>>626
なるほど
では生きるか死ぬかどちらに理屈をつけるべきだろうか?

628 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/29(木) 23:08:08.85 ID:IJMIozKW
やっぱ島津忠長は情の深い名将だな
某SLGじゃ出てこないかモブ扱いだけどさ

629 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/29(木) 23:33:50.19 ID:CG4P9gBD
>>627
そんな難しいことわかんねえよ
ただ生きることに理屈はいらないけど、死ぬ時にに生きてて良かったって思うためには死ぬ理由はあった方がいいかもしれない
矛盾してるか
スポンサーサイト


コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    これは良いお話でしたね。

    そう言えば、これだけ有名な将帥の一人なのに忠長さんは
    ここ数作品の中のノブヤボで見た事無い。何故だろう?
    紹運さんは絶対出てくるのに。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    忠長さんいれたらゴレンジャー!

  3. 人間七七四年 | URL | -

    岩屋城攻防戦って紹運の悲劇的な最後もあるけど、それを称えた忠長の存在もあるから、
    未だに語り継がれる戦いになった、というのもあると思う。

    ※1
    たぶん忠良、貴久、4兄弟に忠長とか忠将とか加わったらゲームバランスが崩壊するから…笑

  4. 人間七七四年 | URL | -

    本スレのコメントで死に方と意識の応酬があったけど、

    結局武士であるならより多くの命を奪い取って生き残るのが宿命だと理解出来れば、自らの死をどう導こうかくらい考えてそうではある。

    農民などが死生観が至極単純な一向宗やバテレンに親しめる環境だったのと同時に、戦の最中の武士階級が死とともに生や業を問う教義が強い禅宗や法華経などに帰依するものが多かったのも、結局自分の死に往く瞬間を常に考える環境にあったのかもしれない。

    もっとも戦国の世が終わったところで武士階級が別の宗派にこぞって変わったなんて例は聞いたことはないですが。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    生きる事と死ぬ事に優劣は無いが、生き方や死に方には優劣があるって死んだ婆ちゃんが言ってた(・ω・`)

    食事は八分目以下、食前や食事中はなるべく水分を取るな、大事の際に嘔吐するなど末代までの恥とか
    食後は必ず茶を飲む事、万一頸をはねられた際に喉に食べ滓があれば末代までの恥とか…(・ω・`)
    道を歩く時も、寝る時までも死に繋げて、美しい所作を仕込まれたな
    死を覚悟していない者の所作は無様であり、死に様、骸もまた無様てよく叱られたのを思い出した(・ω・`)

    ぶっちゃけ当時は面倒だったし、今は年配の裕福な方にしか私の所作が美しいと評価して貰えない。
    がさつな方や同年代には、余裕ぶっていると評価されて困る(・ω・`)
    婆ちゃん俺ら時代に遅れちゃったよ…

  6. 人間七七四年 | URL | -

    忠長といえば島津より駿河大納言忠長卿が最初に連想されるわ。

  7. 人間七七四年 | URL | MyJ0QW/M

    *6
    立派な御祖母様ですね。私もその様な教育を受けたかったです。

  8. 人間七七四年 | URL | IsftnttA

    ※5 いいお話を聞かせてもらいました こういうお話を聞くと,”そなえよつねに”が根本にある利休の茶が戦国武将に受け入れられたのが,なんとなくでも理解出来る気がします

  9. 人間七七四年 | URL | -

    エロ物件を車載したままにしない。
    エロデータ満載のメモリ(ノートPC、携帯、カメラ)を持ち歩かない。
    マニアックな下着は通常時は着用しない。

    現代でも、いつ事故事件に巻き込まれて死んでも恥ずかしい死に様を晒さないように心掛けねばな。

  10. 人間七七四年 | URL | -

    米6
    俺は学習院出身のニートだが、在学当時由来ある家できちんとしつけられた美しい所作の人間は美しく、成り上がりの人間のそれなりの所作はそれなりに見えたよ
    君はきっと君に相応しい人間と付き合えてないんでしょう
    君の所作に惚れる同年代は少なからず居る

  11. 人間七七四年 | URL | -

    ※5
    手前の話でなんだけど、所作はそれなりな人が同級生に何人か
    居たけど、当時はからかったりしてた
    所作がちゃんとしてる人達はその躾けの過程からか、焦らずに
    急げる人達が多かったのが妬ましかったんだろう…と思う

  12. 人間七七四年 | URL | -

    >9
    して、そのマニアックな下着とはどのようなものなのでしょうか?

  13. 人間七七四年 | URL | -

    生き死にの価値、か。

    そんなもん死んだ後残った人間が勝手にあ~だこ~だ言うだけだから、生きてる間にそんなこと考える暇があったら自分に出来ることやり通しとけ、という話を聞いたことがある。

    名を惜しみ功に励む武士ってのも、本質はそういう思想だったのかもしれない。でなきゃあれだけ命のやり取りを出来るわけがない。当時は特に信奉されているであろう神だ仏だにすがり付いて、それで己が休まるとも思えないし。だからこそ救われる信仰のためにまた殺り合いが展開されるのだろうが。

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://iiwarui.blog90.fc2.com/tb.php/7075-8ce449e5
この記事へのトラックバック