FC2ブログ

本城越中守寝返り

2013年01月02日 19:59

992 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/02(水) 14:27:35.11 ID:dBz426PX
永禄4年(1561)の頃、毛利元就は日本中を彼方此方に行脚すス僧を御陣所に召し寄せ、
御斎(食事)など与え、その後諸方の様子などを尋ねた。その話の中で、元就はこの様なことを語った

「先年、尼子方の、石見・山吹城を攻めた時、その守将である本城越中守(常光)の働きを見たが所、
聞き及んでいたよりもはるかに、武辺の達人であると知った。彼は中国西国の間においては類なき
武士である。

あの時私は、彼を攻め潰そうと思っていたが、あのような者を攻め潰すのは武士の本意では無いと考え、
山吹から引き下がったのだ。」

これを聞かされた僧は、それから間もなく本城越中守の所に行き、この話をした。
本城は「名将からのお褒めの言葉であり、眼前に対峙している敵ではあるが、誠に本懐に思う。」
と大いに喜んだ。

勿論元就の策略である

この話の伝わったことを確認した元就は、吉川元春に本城越中守への寝返り工作を行うことを命ずる。
元春は山口の宝泉寺を通じて、本城家家老・服部若狭守、椿井戸三郎兵衛に対し、毛利方に
味方するなら石見銀山及び出雲原手郡を加増するとの、毛利元就・隆元親子の言葉を伝えた。
そして

『元就公は越中守様を、敵とは申しながら武勇他に優れた人物であり、語り合いたいものだと
すっと申されていました。』

との、元就の思いも語った。

本城はこれを聞き、「御意の趣うけたまわり、忝く存じ奉ります。」と、毛利方に
与することを誓い、嫡男本城太郎左衛門を月山富田城から落とさせ、元就のもとに人質に出した。
これらが整ったのが永禄5年の夏ごろだとされる。

この本城寝返りにより、毛利元就は遂に全面的な尼子攻めにとりかかる。
尼子氏を滅亡させた、第二次月山富田城の戦いが始まるのである。


ちなみに寝返った本城常光はそれから間もなく、毛利元就から

『武威に誇り高慢つかまつり、人を人とも存ぜず、忠賞に行われ候衆中の領地押し込み、
入部の者共を追い立て、狼藉大方ならず候に付き、往々御弓矢の妨げに罷り無るべし』

として、一族郎党共に、吉川元春の軍により誅殺された。

本城越中守寝返りの顛末である。
(吉田物語)




993 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/02(水) 15:14:29.51 ID:5obb+yb2
要は元就に褒められたせいで内通を味方に疑われ、
仕方なく本当に内通したら、結局裏切り扱いで死亡、てこと?
褒められた時点でゲームオーバーな気が

994 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/02(水) 15:31:28.14 ID:tg9JKZcc
本城さんは前に尼子へ寝返って毛利に損害を出してるからねえ
またいつ裏切るか不安だったのだろう

995 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/02(水) 20:08:21.00 ID:GW7PaUnw
つーか、元就自身が大内と尼子の間をフラフラしてた事もある訳で
国人連中が強い方に靡くのを道義的に批判する資格はなかったり。

996 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/02(水) 20:29:55.91 ID:t/S79N88
それはあれだ、農民を徹底的に抑えた秀吉と同じ発想じゃないか

997 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/02(水) 20:33:08.40 ID:CvfZfpp/
戦の前の裏切りか戦の中の裏切りかって意味では、
小早川+αのαの方に通じるものがある気がしないこともない
まぁしかし単純に強い奴が裏切ると怖いよね
本格的に尼子攻め開始って時にわざわざ本城の処断をしてる辺りとかそういう意図を感じる

998 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/02(水) 21:38:48.78 ID:OIobnQFf
>>997
αってそれ関ヶ原のAKWOのことだよな?

999 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/02(水) 22:22:04.13 ID:LSuGyVaP
簡単に引っかかるからとりあえずシめとこうと

1000 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/02(水) 22:26:45.88 ID:9QxKLYc4
うう・・・
スポンサーサイト





コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    いつもの毛利さんで安心した

  2. 人間七七四年 | URL | -

    三国志で言えば魏延かな

  3. 人間七七四年 | URL | -

    ギエンは別に裏切ったわけでないから孟達かね?

  4. 人間七七四年 | URL | -

    でもこの処断のせいで国人衆に動揺走って裏切り続発。
    諸刃の剣状態になったのも事実だしなぁ。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    >>995
    元就は大内に寝返ってからは大内一筋ですが?
    毛利が尼子についたときは家督継いでなくて決定権なかったし。
    周りの国人衆の方がよっぽどふらふらしている。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    ある資料によると、本条常光はめちゃくちゃ傲慢だったらしいね。で、とどめに神社仏閣に略奪に入って、信心深い元就をブチ切れさせた。
    って話をなんかの本で読んだ

  7. 人間七七四年 | URL | -

    ※5
    それは無理があるよ。

    尼子につくなんて幼君が勝手に決めるわけもなく
    当時から元就主導だった。

  8. 人間七七四年 | URL | -

    ※7
    当時、毛利家の幸松丸(元就の甥)の後見役として実権握ってたのは
    幸松丸の外祖父の高橋久光です。
    当時、毛利家の一家臣に過ぎないそれも青二才の多治比元就が主導するなんてできません。

    元就が後見役として毛利家の実権を握れたのは高橋久光が死んでからで
    このとき毛利はすでに尼子側の勢力でした。

  9. 人間七七四年 | URL | dHDL/D36

    ※8
    当時の毛利氏って坂一族や井上一族といった郎党の発言力が強かったわけだし、
    高橋久光が一人で決めれる状況じゃなかったと思うよ。元就も含めた、毛利家中の総意で
    大内氏から尼子氏に乗り換えたんだと思う。

  10. 人間七七四年 | URL | -

    ※9
    どちらにしろ元就自身がフラフラしてると言われる筋合いはないね
    ステレオタイプの偏見で批判する輩はほとんどが無知なのがよくわかる

  11. 人間七七四年 | URL | -

    ※8
    久光は早い時点で死去してるよ。

  12. 人間七七四年 | URL | -

    ※10
    強大な勢力から自立するだけの力がないから仕方ないけど、
    どうみても元就がフラフラしてるよ。周辺の国人一揆の面子
    とともに右往左往してる。

  13. 人間七七四年 | URL | -

    はいはい、熱過ぎる議論は荒れる前兆ですよ~。
    ホンワカ行きましょうぜ~。

  14. 人間七七四年 | URL | -

    ※11
    それより早い段階(有田合戦の後くらい)で毛利は尼子側についてるよ

    ※12
    高橋家に実権握られてる時点で毛利家は自立できてないことに気付こうね。
    どうやら元就をこき下ろしたいだけのアンチみたいなので何を言っても無駄でしょうが。

  15. 人間七七四年 | URL | -

    ※14
    その理屈なら高橋氏に対抗できずにズルズルと尼子に付き従ってることになるから、フラフラしてることになるんじゃないの?
    そもそもフラフラしてると言ったらこき下ろしたいだけのアンチって言われるのかな。

  16. 人間七七四年 | URL | -

    遠山友忠「フラフラしたっていいじゃない」
    木曽義昌「そうそう、俺たち中小豪族は生き残ってナンボのもんだし、
    って誰だよこんな夜中に騒々しい、ちょっと注意してくるわ」

  17. 人間七七四年 | URL | -

    だからさ、下らん意地の貼り合いや水かけ、態度の悪い議論は他でやれよ。

  18. 人間七七四年 | URL | -

    ※14
    尼子についたのは高橋久光が死んだ後だよ

  19. 人間七七四年 | URL | -

    ここでいう目黒って、ふつうに家臣の名前じゃね?
    尼子の家臣に目黒氏ってのがいたと思う

  20. 人間七七四年 | URL | -

    ※19は誤爆スマン

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://iiwarui.blog90.fc2.com/tb.php/7167-7df1824c
この記事へのトラックバック