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元就の呪詛と、隆元の死

2013年01月05日 19:50

36 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/05(土) 12:04:28.29 ID:UXG39IIH
さて
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-7167.html
この本城常光の誅殺は毛利方についた石見の国人を大きく動揺させ、再び離脱するものが相次いだ。
これに慌てた毛利元就公は、この事態は本城常光の怨念によるものだと考え、陣所からほど近い
鰐淵寺に参詣し、和多坊栄芸に対面して

「本城の怨念を沈め、また尼子晴久の一命を奪うよう、無二の祈祷をして頂きたい。」

と、依頼し、栄芸もこれを辞することが出来ず、よって鰐淵の滝壺に壇を構え、
初三日三夜は五大尊の法、中三日三夜は六観音の法、終わり三日三夜は七仏楽師の法を修した。
炉壇の煙は満山に霞み、振鈴の音は万峰に響き、大法秘密九日九夜修行あって、元就公は陣所に帰られた。
間もなくその験が顕れるのかと人々は、暗に恐ろしく思った。

そもそも、天子将軍が天下の軍乱を鎮め、万民が安全に生活できるようにするために、怨敵退治・調伏の
秘法を修せられる旧例は確かに多い。しかしこれらは民の利益のための、大仁大度によるものである。

ところが毛利・尼子の争いは、民を治めるための仁戦ではない。私利を目的とした軍事行動によって、
他の国を切り取って自分の物にしようとする欲心のため、累年に渡り中国を騒動させ、万民を苦しめる
戦である。

それがせめて、剣戟刀槍によって敵を滅ぼし、その国を得るのであれば武門の業とも言えるのだろうが、
智謀計略によっても敵を滅ぼすことが出来ずに、仏神に祈り呪詛して敵を落命させるなど、
元就公や吉川元春には、こういった不仁不義の例が少なくないのだ。

また六観音の法を修めれば、呪詛や諸毒薬はたちまちその本人に還るという要文があり、
これによって毛利家にも今後不思議の憂いが生じるだろうと、人々は眉を寄せて愁嘆していた。

尼子晴久公は、永禄五年十二月二十四日の晩、48歳にて手水のために縁先に出た所頓死された。
大変いたわしい事であったが、これは毛利が、厳島や鰐淵山で修めた祈祷の験であった。

そして翌年、和智誠春の毒薬によって、毛利大膳大夫隆元は、享年41歳にて頓死された。
これは只事ではない。毛利家の柱石に対しそれまでの利益の報いが還り、砕けたのだ。
父元就に先立たれ、わずか11歳の幸若丸殿を捨て置かれて、隆元公は逝った。
隆元公の、無念の御心の内が推し量られ、大変いたわしいと、人々は因果の道理を感じたのである。

(雲陽軍実記)

尼子家の家臣であった河本大八隆政が1580年頃に著したとされる雲陽軍実記より、
尼子側から見た元就の戦いや、隆元の死についての所感である。




37 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/05(土) 12:37:38.69 ID:ik93pClb
そこで綺麗な隆景さんなわけですね^^

38 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/05(土) 16:55:29.86 ID:lL2z65fE
長尾景虎「不仁不義・・・だと?」
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    尼子晴久は既に死んでたんじゃ?

  2. 人間七七四年 | URL | -

    「武者は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つことが本にて候」

  3. 人間七七四年 | URL | -

    逸話レベルだとは思うけど、

    まさか呪詛を要望した元就が呪詛返しの概念を知らないで頼んでるわけないよね?

    あわよくば自分に降りかかれと思っていたらよりにもよって嫡男にクリティカル。

    むしろ鰐淵寺のその後が知りたいわ。一応毛利の保護は受けてるみたいだけど。

  4. 名前無い | URL | -

    この逸話からだと、敵方からも隆元公は毛利を支える柱、と認識されていたハズなんだが。
    ……凄く優秀な知勇兼備の当主が、何故地味なんだ?

  5. 人間七七四年 | URL | -

    タイトル読んでてっきり元就の呪詛で隆元が死んだ話なのかと思った

  6. 人間七七四年 | URL | -

    そつなくこなせてるから地味なのでは?

    直接的な武勇は元春に及ばず、深謀遠慮は元就・隆景に及ばない。

    とされているけどあえて隆元にやらせてたら過不足なくこなせただろう。おまけに民政・軍政・財政の才があって…。

    能力ありすぎて目立つ人間もいれば、出来るけどより高い能力の他に任せて結果的に目立たない人も。

    しかし吉川元春に敵への調伏の例が少なくないと、尼子側とはいえ記されているのは新鮮です。

  7. 人間七七四年 | URL | -

    呪詛とか昨今の某ゲームのせいか
    元就は陰陽師みたいな不思議パゥアーで何とかしそう
    元春はたんに拳でなんとかしそう

    そんなイメージしかない・・・w

  8. 人間七七四年 | URL | mQop/nM.

    石見の山奥の爺さんの故郷には呪詛神楽があったんだが…島根出身者の多くが炭鉱やらの出稼ぎで故郷を捨てた者も多い爺さん達が出たお蔭で呪詛神楽してた神社は神楽を継承する者が居なく今はただの田舎の神社になってます(笑)毛利呪詛もしてた事もあったらしいけど基本(通常時)何を呪詛してたか不明(笑)ちなみに私には毛利の血(母方)も尼子の血(父方)も流れてるので複雑な気持ち

  9. 人間七七四年 | URL | -

    隆元さんが長生きしてれば偉大な父の跡継ぎで苦労した勝頼か、優秀な弟達の所為で影が薄い島津の義久さんか
    どのみちご苦労様な人生だったろうが

  10. 人間七七四年 | URL | -

    秀忠「いやいや普通に智勇兼備の当主は地味でしょ」
    信之「そうですよね~」
    お江・小松「そしてカカァ天下」

  11. 人間七七四年 | URL | -

    隆元は毛利家と国人、他家などとの間を取り持つ、それこそ他家の不満を受け止めるクッションのような役割があったように思える。
    現代で言えば上からの圧迫と下からの突き上げに頭を悩ませる中間管理職みたいな感じだろうか。

    当時を生きた元就や隆景が隆元の死後になって彼のコンプレックスや苦悩と共に偉大さを知ったように、
    このような役割はあまり表舞台には出てこないからあまり評価がされて来なかったけど、隆元は遠い昔を生きた同じ人間として尊敬できる、非常に人間くさい(褒め言葉)武将だと思う。

    もし隆元がお父さんより長生きしてても「自分も死ぬ!」なんて言いだして本当にショックで死んじゃいそうだけどね……

  12. 人間七七四年 | URL | -

    ※10
    頼朝「二人とも他人事とは思えない…」

  13. 人間七七四年 | URL | -

    ※12
    頼朝さんはあの二人に比べりゃ派手な方です
    特に女関係・・・ゲフンゲフン

  14. 人間七七四年 | URL | -

    ※12&13
    マサコ「ちょっと詳しく聞かせてもらおうか(#^ω^)ビキビキ」

  15. 人間七七四年 | URL | -

    元春「信長は光秀に殺されるっと。」カキカキ・・・

  16. 人間七七四年 | URL | -

    秀吉「羽柴のままだと、わしもいつ殺されるかわからんな……よし、今日から豊臣になっておこう!」

  17. 人間七七四年 | URL | -

    本城殺したら離反者がでることくらい元就ほどの人物なら分かってたんじゃないかなぁ。
    それに、もうそのときには晴久死んでたんじゃないの(~。~;)?

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