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英林公の分国法

2013年01月17日 19:50

112 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/17(木) 00:13:06.88 ID:xQWti9FN
戦国時代の分国法というのも、集めてみると現代にも通ずるものがあると思うので、
分国法の一つ・朝倉孝景条々(朝倉英林壁書・朝倉敏景十七箇条とも)をちょっと紹介してみます。

下克上第一人者こと朝倉英林孝景(敏景は斯波義敏麾下時代の名乗り)の定めた分国法……
まあ、国内法というよりは朝倉家の家訓集。ただし、全部が全部孝景が書いたものではなく
後々で氏景・貞景・宗滴といった後継者達が条文を加筆する事で現存する形になったものと思います。

以下、原文(といっても幾通りか残っているものの一つ)、口語訳、ついでに寸評を少し。
口語訳中の( )は、自分が文書を通して裏読みしてみた補足的なモノw


一 朝倉之家に於いて宿老を定むべからず、其身の器用忠節によるべく候。

「朝倉の家においては、重臣は固定させてはならない。家臣の能力や働きぶりで選ぶように。
 (重臣層が固定化すると、当主の足かせになる事がある。重臣であっても任免権を手放すな)」


二 代々持来候などとて、無器用の人に団扇並びに奉行職を預けられましく候。

「代々その役に就いてきたからって、ボンクラに部将や奉行をやらせちゃいけない」


※現代人からすれば何を今さらと言いたくなる、人事面の総則。
 しかし裏を返せば、当時の幕府や守護大名はこういう当たり前の事ができていなかったのかも知れない。

113 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/17(木) 00:19:51.11 ID:xQWti9FN
>>112続き

三 天下静謐たりといふとも、遠近の国に目付けをおきて、其国のていたらくを聞候ハん事専一候。

「平穏な時期であっても、諸国に調査員を派遣して、各地の情報を逐一つかんでおくように」

※たぶん忍者がどうのという話ではない。商工業の取引なんかも、情報収集の一環だと思う。


四 名作の刀、さのみ好まれまじく候。
  其ゆへは、万匹の太刀を持ちたりとも、百匹の槍百丁には勝たれまじく候。
  万匹をもつて百匹の槍を百丁求め、百人にもたせ候はば、一方は防ぐべく候。

「高価な名刀を買い漁ったりするのはやめておけ。
 そもそも、銭100貫の名刀を買うぐらいなら、その100貫文で1貫文の槍100本を買って
 100人の槍隊を編成すれば、合戦場で戦線の一つを受け持たせる事ができるだろ」

※英林殿はどうやらコストパフォーマンス志向だったらしい。
 なお、その100人の兵士への手当がどうのと考えるのは現代人の発想であるw


五 京都より四座の猿楽細々呼下し、見物このまれまじく候。
  其の値を国の猿楽のうちの器用ならんを上らせ、仕舞をも習はせられ候はば、後代まて然るべくか。
  城内において夜能かなふまじく候。

「都から売れっ子の猿楽師を何度も呼びつけて興行させるのは、金がもったいないぜ。
 そんな金があるなら、地元の猿楽師の研修や育成に投資した方が、よほど後世の役に立つ。
 城内で夜遅くまで能楽? 論外。(周りの迷惑だし、日中の仕事に差し支えるだろうが)」

※英林殿は地産地消志向でもあったらしい。おかげで曾孫玄孫の代には文化芸能が大いに振興したわけだがw

114 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/17(木) 00:26:58.76 ID:xQWti9FN
>>112-113続き

六 侍いの役なるとて、伊達・白川へ使者をたてよき馬鷹もとめられまじく候。
  自然他所より到来候はば尤に候、それも三ケ年すきは、他家へつかわせられべく候、長もちすれは後悔出来に候。

「馬や鷹が武士のたしなみだからと言って、陸奥伊達郡・白河郡といった遠隔の名産地にまで買い求めるのはよせ。
 他所からそういう馬や鷹を貰ったのなら使えばいいが、3年ぐらいたったらスッパリ手放してしまうといい。
 (3年も働かせていればくたびれるはずだから)長々と惜しんでいると後で痛い目を見るぞ」

※基本、ブランド品に金かけるのを戒める条文が多い。戦国乱世は実用品第一!という事か。


七 朝倉名字中をはしめ、おのおの年始の出仕の時上着布子なるべく候。
  並びに各の同名定紋をつけさせられべく候。
  分限のあるとて、衣装を結構せられ候はば、国の端々のさふらい色を好み、
  ふきそゝきたる所へ此ていにて出にくきなどとて、
  嘘病をかまへ、一年出す二年出仕いたさすば、後々は朝倉の前へ伺候のものすくなかるへく候。

「朝倉一門衆にしろ家臣にしろ、年始の出仕の時は布子(麻製の普通の布地)の上着で来い。
 あとそれぞれの家の家紋をつけろ。(家紋でどこの家か分かるようにしないと、普段顔を突き合わせない連中が困る)
 裕福な家柄だからって豪華な絹服で出仕すると、家格の低い連中がそいつ等の派手な服の間に並ぶのを嫌がって
 仮病を使ってだんだん出仕しなくなるだろ? そんな事を繰り返してたら家臣が減っちまうだろうが」

※安物のスーツ姿で成人式に出たりしたら、すっごい居心地悪くなった人には身につまされる話かもw


八 其身のなり見にくゝ候とも、健気ならんものには情可有之候。
  又臆病なれともゆふ儀をしたてよきは、供使いの用にたち候。
  両方かけたらんは所領たうなに候か。

「風采が上がらなくても勇敢で真面目に働く奴は、きちっと評価して目をかけてやれ。
 逆にヘタレだが人当たりのいい奴なんかは、供侍みたいな補佐役系の役目に向いている。
 見栄えも勇気もダメな奴? それって俸禄の無駄遣いじゃね?」

※人材活用の心得その1。適材適所、評価すべき点は評価、役立たずには辛く。

115 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/17(木) 00:32:47.42 ID:xQWti9FN
>>112-114さらに続き

九 無奉公のものと奉公のともから、おなしくあひしらはれ候ては、奉公の人いかていさみあるへく候。

「仕事しない奴とキチッと仕事する奴を一緒くたに扱うなよ。真面目な奴のやる気が萎えるからな」

※人材活用の心得その2。人事評価する方も楽じゃない。


十 さのみ事かけ候はすは、他国の牢人なとに祐筆させられましく候。

「よほどの緊急時でも無い限り、他国の牢人に文書係をさせるなよ。
 (機密文書は信頼の置ける奴に扱わせる、これ大切)」

※裏を返すと、祐筆(秘書みたいなもん)が機密を漏洩する事はよく起きたんだろうなあ。


十一 僧俗ともに能芸一手あらんもの他家へこされましく候。
   但身の能をのみ本として、無奉公ならんともからは曲なかるべく候。

「僧侶にせよ俗人にせよ、一芸に秀でた人材を他家に引き抜かれないように気をつけろ。
 ただし自分の才能を鼻にかけて反感買ってる奴とか、ろくすっぽ働かない奴はこの限りじゃない」

※明智光秀って、まさかこの但し書き部分に引っかかってスルーされたんじゃないだろうなw


十二 勝べき合戦とるべき城攻め等の時、吉日をえらひ方角をしらべ時日を逃す事口惜候。
   如何によき日なるとて大風に舟を出し、大勢にひとりむかはば、其曲あるべからす候。
   あく日あく方なりとも見合により、しよ神しよ仏・八幡・まりし天に別してせいせひをいたし、
   信心をもつて戦われ候はば、勝利をゑられべく候。

「勝てそうな戦、攻め落とせそうな城を目の前にして、日が悪いだの方角が悪いだのと言って
 好機を逃すのはアホの所行だ。逆に、吉日や吉方だからって嵐の日に船を出したり
 寡兵で敵の大軍にカチ込むのもパープリンのやる事。たとえゲンの悪い日や方角であっても
 神様仏様のご加護を信じて機会を捉えれば、八幡様や摩利支天様が勝たせてくれるってもんさ」

※現代人には想像しにくい、中世人ならではの験担ぎへの警鐘。
 いや、現代人だって判断に迷った時は縁起のいい方をつい選んじゃうもんだし・・・

116 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/17(木) 00:41:00.79 ID:xQWti9FN
>>112-115と続いているがあと一息です

十三 年中に三ケ度ばかり器用正直ならんものに申付、国をめくらせ、土民百姓の唱えを聞き、
   其さたを改められべく候。少々かたちを引かへ、自身もしかるべく候。

「有能かつ嘘のない家臣を選んで、年に3回ばかり領内を巡察させて、庶民の様子を見させ声を聞かせ、
 その報告を元に政務を見直しするといい。自分がお忍びで実際に見て回るのもアリだ」

※戦国大名の走りらしい、地域密着思想。朝倉始末記とかだと、気さくな人だったらしい。


十四 朝倉か館の外、国のうちに城郭をかまへさせまじく候。
   惣別分限あらんもの一乗の谷へこされ、其郷其村には代官百姓等はかり置かれべく候。

「朝倉家に属するものではない城や砦を、越前国内に築城させないように。
 (国人や土豪が独自に城を構えだすのは、反乱や一揆の温床になる恐れがあるからな)
 特に、重臣クラスは一乗谷に館を構えて常駐させ、所領には代官を派遣して統治させるように」

※前半の城云々は、百年後に秀吉や家康の出した一国一城令とは、意味合いが違うと思う。
 これは多分、築城計画の一元化による集権統治への試みの一環じゃないかと。


十五 伽藍仏閣並びに町屋等通られん時は、少々馬をとどめ、
   見にくきをば見にくさと云、よきをばよきといはれ候はば、
   いたらぬ者なとは御ことばをかかりたるなとゝて、悪しきをば直し、よきをば猶たしなむべく候、
   さうさをいれす、国を見事にもちなすも心ひとつによるへく候。

「神社仏閣や町屋を見て回った時は、(毎回でなくてもいいが)時には馬を止めて
 汚れや破損があったら注意し、綺麗にしてあれば誉めてやるといい。
 殿様が直々に評価してくれたとあれば、庶民もキチッと受け止めてくれるからな。
 ま、こういう無造作な声かけも、国を統治するための心配りって奴だな」

※英林殿の地域密着思想その2。こういう条文は後代の加筆ではなく、初代孝景のオリジナルだと思う。

117 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/17(木) 00:48:53.48 ID:xQWti9FN
>>112-116続き、これで最後

十六 諸沙汰直奏の時、理非すこしもまげられましく候。
   若役人わたくしをいたすのよし聞およはれ候はば、同とかにかたく申付られべく候。
   諸事うつろをきんこうにさたいたし候へば、他国のあくとう等いかやうにあつかいたるも苦しからず候。
   みたりかはしき所としられ候へは、他家よりてをいるゝものにて候。

「裁判や決裁をする時に、物の道理に合わない裁きを下しちゃいけねえ。
 もし汚職や依怙の沙汰をする役人がいたら、敗訴した奴と同じだけの罰を下してやれ。
 政治や司法が公明正大に運営されていれば、他国の敵勢力だって付け入っては来られない。
 他国に越前を侵されるとしたら、お前達の政治に悪評が立っているせいだと思え」

※これ読んでるとガチで心配になる、本当に大丈夫か現代ニッポン?


 (この後第十六条は当主の心構えが長々続くがどうにも抽象的な話なので割愛)

(末文)
十七 この条々大方におもわれては益なく候。
   入道一孤半身にて不思議に国をとるより以来、昼夜目をつなかすくふういたし、
   ある時は諸国の名人をあつめ、其かたるを耳にはさみ、いまにかくのことくに候。
   あいかまへて子孫において此条々書をまもられ、まりし天・八まんの御おしへとおもはれ候はば、
   かつくも朝倉の名字あひつづくべく候、末々において我がままにふるまはれ候はば、たしかにこうくわい可有之者也

「これまでに俺が挙げた家訓をおろそかにしても、あんましいい事無いぜ。
 俺は親を早くに亡くした身ながら運良く越前一国を手中に収めて、今こうして国を治める事ができたが、
 そいつは昼も夜も目を曇らせずに創意工夫し、諸国の名人智者の話を聞いて参考にしてきたからだと思う。
 お前達も子供や孫に俺の残した教訓を守らせ、神様仏様と同じぐらいに大事に守ってくれれば
 朝倉家は今後も続いてくれるだろう。
 将来アホンダラの子孫が我が儘なことをしだしたら、ぜってー後悔すっからな」

※「義景がアホだから」の一点張りに朝倉家滅亡の責を帰す気にはなれないけどね。


以上、福井県民による朝倉家のPRじみたネタでした。現代人の参考になりそうな教訓、あったかなあ……orz






119 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/17(木) 01:25:49.09 ID:baYWWs4p
まぁ戦は数の暴力でだいたい勝てるてのは今の日本人にゃよく分かるだろうて

120 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/17(木) 04:45:22.08 ID:xq3kLk4g
この朝倉孝景条々に書かれてる内容って戦争関連の記述に関しては英林孝景本人(又は2代氏景)が
書いていて
家内統制、領国運営みたいな項目に関しては3代貞景、宗淳孝景、宗滴が加筆していったっていう
見方がされているね
初代と2代目当主の頃は国内に敵残存勢力もまだまだ多くて越前国内でも毎年戦があって
国内統治もままならなかったが
3代、4代の頃に書状の発給量や寺社の建設数が飛躍的に伸びているのが残された
日付等から窺い知れるそうだ
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    十四 朝倉か館の外、国のうちに城郭をかまへさせまじく候。
    惣別分限あらんもの一乗の谷へこされ、其郷其村には代官百姓等はかり置かれべく候。

    この一ケ条は高校の教科書にも出てくるくらい有名だけれど、前々から何度も何度も言及されているように、これの実行は英林孝景の代の越前では考えられない事なんだよね。
    義景の代に至っても朝倉景鏡や前波氏などの重臣は依然としてそれぞれの館(領地)に暮らしていたし、これは完全には為せなかった。
    このへん、『甦る戦国城下町―一乗谷朝倉氏遺跡』が詳しい。

    レスにもあるけど、『条々』は代々によって追加、変更されて行ったって考えもあるけど、
    中世研究の泰山北斗たる石井進なんかは自著『中世武士団』で、
    『宗滴話記』中の孝景の記述の多さや『条々』の一条、実力主義に注目して、

    (宗滴の孝景の正妻の子であり、代々軍奉行を努めたという並々ならぬ自負のもとに)

    『朝倉氏の越前支配をうちたてた、初代英林孝景の言行を追慕し、その権威にすがることが、同時に宗滴自身の権威づけにもつながるのであった。』
    と述べ、
    『孝景の過去の多くの訓戒や教訓を利用しながらも宗滴が一巻の家訓としてしあげたものが、「朝倉敏景十七か条」の原形であり、
    いまに伝わるのは、それを聞き伝えていた宗滴の側近、おそらく『宗滴話記』の筆者と同じく書記役の萩原某の筆録した本だったのではないだろうか』
    なんて言ってるね。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    五、の地産地消は(現代への適用という意味では)共感しがたいな。
    むしろ他地区や外国のもので済むところを地元産にこだわって
    利権化して高くついている感があるんで。

    もちろん当時は地元育成の方が安かったから言ってるんだろうし
    十三、や十五、みたいな形での地元への気配りには共感するよ。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    むしろ今こそ地産地消は注目されてる。地域の活性化や一次、二次産業の技能継承や後継者育成に繋がるからな
    地産地消の推進は現代日本の金脈と言っても良いくらい夢と実利がある

    それに今は利権ガーとか言うほど田舎には余裕がない

  4. 人間七七四年 | URL | -

    方角云々は当時の軍師に関連する話だろう。そもそも軍師にもいろんな役目が
    あって、この方角や吉日云々は占いの事だよ。

    祐筆が情報漏らすって。それは人を見る目が無いって事だろう。そもそも祐筆は
    重要な文章発行にも関わる可能性がるから、余程の信頼得て無いと付けない。

    分かり易く書いてくれるのは有難いのだけどなんかなぁ。この前の宗滴さんの文章
    もだけど憶測で言われても共感出来ない。

  5. 人間七七四年 | URL | bH1htKmU

    ※4
    何年も掛けて家臣の子供を祐筆(小姓に近いが)にならせて謀略を仕掛けた謀将が中国地方にいるだろうが…

    これは戒めなんだから「そんな事は有り得ない」って見方したら何の為の戒めだか分かりゃしないだろ

    そう言えばちょっとお隣さんからお茶会に誘われてるから行ってくるわ

  6. 人間七七四年 | URL | mQop/nM.

    >※現代人からすれば何を今さらと言いたくなる、人事面の総則。
    >しかし裏を返せば、当時の幕府や守護大名はこういう当たり前の事ができていなかったのかも知れない。
    幕府や守護大名自体、能力ではなく身分でなったものですから。

    守護大名で言うと、地侍の大半は家臣ですらないので、重臣となれるのはごく一部ですし。

  7. 人間七七四年 | URL | -

    >米5
    君はちゃんと元の文章読んだかい?この良く情報漏らした云々は
    スレ主の発言であって、英林さんの発言じゃないぜ。
    しかも、時代も国も家も関係の無い事を持ちだされてもね。
    最近他人の発言良く読まない癖に物言う人増えたね。

  8. 人間七七四年 | URL | -

    義元「数ではどうにもならんかった…」

  9. 人間七七四年 | URL | -

    ※7
    そもそも自国者であっても祐筆が情報を漏らすことが無いって言ってるのがおかしいって事なんだけど?

    文の要旨もよく分かってないのに反論だけする人っているよねぇ…

  10. 人間七七四年 | URL | -

    >9
    他人の米に先にケチを付けたのも他の武将の話を出したのも米5だろ?
    ごちゃごちゃ言うなら他に行けよ。邪魔だよ。

  11. 人間七七四年 | URL | -

    ここんとこ落ち着いてたのに急に沸点低くなったなぁ。
    つ旦

  12. 人間七七四年 | URL | -

    この条文で祐筆のことを述べているということは、この時代は祐筆でのトラブルが少なからずあって、そうしたトラブルの可能性を減らす努力の一例として他国の牢人をあげているんでしょう

    推測ですけど、
    自領の人を雇えばその土地一帯の代表として雇われるわけだから下手なことが出来ない。
    対して、他国の人だと自己顕示、自分試し的な欲が強い分、身軽である。

    だから、祐筆という堅実的な仕事においては自領の人のほうがよいのでは。

    飛躍しすぎですけどね。

  13. 人間七七四年 | URL | -

    信長は嵐の日に船を出したこともあるよねw

  14. 人間七七四年 | URL | -

    福井県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館
    ttp://asakura-museum.pref.fukui.lg.jp/010_about/history.php
    に現代語訳があったので

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