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新納忠元・愛刀の行方

2013年01月20日 19:03

142 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/19(土) 19:51:24.80 ID:awcIxwbk
>>74
蛇足ですが、こちらの後日談を。

新納忠元・愛刀の行方

天保の世になっても新納忠元を慕う者は多く、地元大口の郷士たちは連判で廟社建立の請願書を提出した。
御納戸奉行の海老原壮之丞は直ちに藩主の島津斉興公へ取次いだ。
この時の薩摩藩は莫大な財政赤字を解消するため藩政改革に追われていたが、藩主はこれを認められ
遠く京へ霊神霊社号免許を提出し、許可を受けた。天保14年のことである。

天保15年に工事は落成し、安政六年に明神の宣下があり、同年更に大明神への昇格が行われた。
かくて新納忠元は忠元神社の祭神となり、臨終の床で念を込められた愛刀も宝物として奉納されたのである。

それから時は流れ……薩摩は再び戦火に包まれた。
最後の武士の反乱、西南戦争である。

薩軍による熊本城の攻略は難航し、大将の西郷隆盛は「まるで清正公を相手に戦っているようだ」との
言葉を残し転進を決意した。
官軍は薩軍を追って陸路から海路から侵攻し、薩摩の至る所で大小幾多の戦いが行われた。
それは大口も例外でなかったのである。
追う官軍、逃げ惑う住民、その流れに逆らって歩みをすすめる男がいた。
年は三十手前、身の丈6尺(180㎝)余り、雷撃隊隊長の肩書きを持つその男は弾丸の雨の中、
忠元神社へ向かった。
(続く)

143 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/19(土) 19:54:13.14 ID:awcIxwbk
(続き)
「薩軍の幹部が忠元神社へ逃げ込んだ」との知らせを受けた官軍により神社は直ちに包囲されたが
「名臣、忠元公を祀る神社を戦火に攻め込むのは…」と躊躇する意見がないではなかった。
(官軍にも薩摩出身のものは多く、参軍の黒田清隆からして薩摩の下級武士だったのである)
結局出入り口を固めて待ち構えていたところ、果たして先に神社に入った男が出てきた。
身には三尺八寸の大太刀を帯びている。

「肥薩の境犯さるることなかれ」古の名将が念を込めたその刀を抜き放つや、男は群がる官軍に
身を躍らせて縦横無尽に切りまくった。
男は残り少なくなった味方を糾合し、官軍への反撃を再開した。「第二の田原坂」と呼ばれるほどの
激戦だったという。

だが圧倒的な兵力差はどうにもならず、最初こそ馬上で颯爽と指揮をとっていた男も、大口から高原、
高崎へ撤退するときには
「わいら、逃ぐっは斬っど(お前たち、逃げる奴は切り捨てるぞ!)」と味方の尻を追いまくらねば
ならぬほど惨めな敗走をすることになった。
昭和の初期は西南戦争を経験した古老も多く、この狂気混じりの叱咤を「十郎太さまの激は
敵よりおじかった(恐かった)」との証言も残っている。

大口を退いた後の雷撃隊隊長、辺見十郎太の最期は諸説あってはっきりしない。
西郷隆盛の自刃を見届けた後に別府晋介と刺し違えて死んだとも、大勢の官軍を相手に
壮絶な戦死を遂げたとも伝えられる。
いずれにせよ確かなのは新納忠元の死から260年以上の時を経て、その愛刀が再び振るわれたことである。

薩摩で迎える武士の世の終焉と、そこで振るわれる我が愛刀をかつての持ち主は
どのような思いで眺めていたであろうか。

関連
新納忠元の最期
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-7200.html



144 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/19(土) 20:00:46.30 ID:6uk7Eu0W
薩摩は自国の忠臣を祀る神社の宝物まで略奪したのか…

145 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/19(土) 21:15:19.33 ID:ywEeCPqH
>>144
アホか貴様は

149 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/20(日) 00:14:53.23 ID:FH9nC42R
そこまでして己を鼓舞するとは、さすがスーパー薩摩人の末裔

151 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/20(日) 10:41:53.14 ID:CVoW2nGh
>>144
ちゃんとお借りしたんじゃないの?
返せてないみたいだけど
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    あそこまで大見得切っておいて略奪はないだろう。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    刀は使わないと意味が無いのは分かってるけど
    やっぱ勿体無いなぁ
    現代に残っていたら、名刀でなくとも刻んだ歴史を見てみたい

  3. 人間七七四年 | URL | -

    奉納されてた刀がそんなすぐ斬れるほど手入れされてるもんなの?
    自分で研いだとか?

  4. 人間七七四年 | URL | -

    関ヶ原合戦の後、清正の軍が薩摩に攻め入ろうとの動きの際、忠元は大口城でそれに備え、しかも清正勢を挑発する歌まで作って将兵らに歌わせてる

    だから、鎮台を熊本に置く官軍を清正の軍に準えて、忠元の霊験を取り込もうとしたんだと個人的には捉えたんだが・・・

    まぁ考え過ぎかもしらんが、略奪という無粋な発想は無かったんでちょっと驚いたわ

  5. 人間七七四年 | URL | -

    多分、この人の心情的には「新納さんの力を借りたい」と言う想いで使ったのだと思う。

    にしても略奪って・・・・。意味分かって使ってるのか?
    略奪は、「複数人」が暴力や違法な行為に沿って物を奪う行為。
    強奪は、主に「個人」での上記犯行時に使われる言葉だぞ?
    神社内の何処で暴力的な行為が行われたんだ?

  6. 人間七七四年 | URL | -

    愛刀の行方は不明なのか…

  7. 人間七七四年 | URL | -

    宝物を寄越せと言われれば普通拒否するから略奪した可能性がひじょうに高いですね。

    結局逃げ回ってるうちに無くしたか
    逃げるのに邪魔だから捨てたかしたんだろうなー
    カッチョワルー

  8. 人間七七四年 | URL | -

    現代から見たら猪武者と誹られるかもしれないが、御本人はやはり、
    新納さんの力を借りたかったろうし、死ぬ気で自分を鼓舞したんじゃなかったろうか。
    長年祀られた英雄(神)の愛刀を拝借するって…覚悟が要る事だと思うよ。

  9. 人間七七四年 | URL | -

    そもそも西南の役での該当の時期だとすでに薩軍的には絶望的な状況だったわけで、それこそ神格化された薩摩の英雄&肥後(当時は鎮守府)からの侵攻を食い止めんと念を入れた御神刀、隼人の意地を持っているなら借りない理由はどこにもない。
    最後は城山攻防戦(岩崎口)で官軍の掃射で蜂の巣になった、て話もあるから、新納忠元の刀も戦利品で取られてるかもね。それこそ参軍だった(地元でもまるで人気がない)守銭奴山縣狂介(有朋)が持ち逃げしてるかもしれんな。んなことはないだろうがそう思うほどイメージが悪い。

  10. 人間七七四年 | URL | -

    刀はその素性や外見を詳しく知っている人以外が拾ったら、
    そのまま鉄屑として処分されていそうだなぁ…

  11. 人間七七四年 | URL | -

    辺見十郎太は「翔ぶが如く」での三流無能幹部ぶりがひどかった
    実際はそうでもないと思うけど
    状況が違うんで引き合いに出しちゃいけないだろうが塙団右衛門が所詮一騎駆けと言われながらもとりあえず指揮官として戦術的勝利を得たのと対比させちまった


  12. 人間七七四年 | URL | sSHoJftA

    勝手な想像だけで、反論もできない故人を悪く言う奴はどういう精神構造してるんだろ?理解できん。

  13. 人間七七四年 | URL | -

    刀を拝借して紛失
    「わいら、逃ぐっは斬っど!」と言いつつ踏み留まる訳でもなくいっしょに敗走

    悪く言われてもしょうがないよ。

  14. 人間七七四年 | URL | -

    少なくとも、神主さんか地元民に許しを得るべきだったか。
    薩軍は会津戦争のとき略奪、強姦、虐殺、食人しまくったらしいから一部地域では印象悪いらしいね。

  15. 人間七七四年 | URL | -

    勝ち攻めてる側が戦利品として持ち逃げしたんならともかく、負け圧されてる側が頼りに持ち出したんなら仮に無断使用でも強奪扱いはあんまりかと。勝てば官軍負ければ賊軍とはいえ扱い酷い。

  16. 人間七七四年 | URL | -

    ※15
    同意見ですね。劣勢な側からすれば正に「藁にもすがる」状況だったと思うので、そんなときにデ新納さんの刀の存在思いしたら、無断拝借していにしえの武人の威光とか諸々にすがりたくなるのは、感情としては理解できなくもないです
    (文化財保護とか諸々で考えたら「勿体ねぇ…」と思いますが)

    あと戊辰戦争時って会津ばかりスポット浴びてるけど、時々でいいから庄内とか河合継之助とか他の活躍も思い出してください……とあの辺ゆかりの人間が呟いてみる

  17. 人間七七四年 | URL | -

    >いにしえの武人の威光とか諸々にすがりたくなる

    義昭「その通り!」

  18. 人間七七四年 | URL | -

    でも神主さんいたのかしら
    既に逃げてそうな気がする

  19. 人間七七四年 | URL | -

    米7は何を馬鹿な事を言い出してるんだ?こいつは本スレの144じゃね?

  20. 名無しさん@ニュース2ちゃん | URL | -

    由緒ある神社に立て篭もった上に奉納されている宝刀を持ちだして、
    あまつさえ振り回して同じ薩摩の人間の血で汚した訳だから、
    褒められた所業ではないよ。
    別に自分らに武器が無かった訳ではなく、単にデ新納に肖りたかっただけだし。

    関係ないけど、西郷軍が調子が良かったのは市民兵の素人官軍相手だったからで、
    士族で構成された警官隊が田原坂で出て来ると一転して落ち目になったんよね。

  21. 人間七七四年 | URL | -

    米19は本スレの145だよなw

    米19の脳内ストーリーでは神主が宝刀を託したことになってるみたいだけど
    敗走している一揆軍が神社にやって来て、宝刀を貸せ!ったら神主断るだろ?

    新納さんを敬愛してるのなら神社に立て籠らないだろうし、
    宝刀は返そうとするんじゃない?

    この期に及んで新納忠元の名前を利用しようとするさもしい根性は貧すれば鈍する丸出しでカッチョワル

  22. 人間七七四年 | URL | -

    せっかく宝物として江戸時代を生き抜いた新納さんの刀がもったいない
    としか思わなかったわ

  23. 人間七七四年 | URL | -

    何故か略奪にしたくてしょうがない子がここにまで遠征してきてるな

  24. 人間七七四年 | URL | mQop/nM.

    正にラストサムライな話なんだけど……
    >>144のせいで台無しであるww

  25. 人間七七四年 | URL | -

    略奪ではありません
    強奪です
    日本語は正しく使いましょう

  26. 人間七七四年 | URL | -

    言葉の種類は問題じゃないだろ…

    こんな風に難癖つけるのがありならほとんどの武将が四天王クラスの逸材になるだろうに

  27. 人間七七四年 | URL | -

    敗走して寺や神社に逃げ込むのは定番でしょ

    新納忠元に敬意を表して攻撃しなかった政府軍のいい話

  28. 人間七七四年 | URL | -

    辞書で調べてみたんだけど別に略奪は複数人が行うことなんて書いてないし、多分法律用語なんじゃないかな。

  29. 人間七七四年 | URL | eYj5zAx6

     この骨董屋さんが、よくある騙りでなければ大太刀が現存しているかも。

     ttp://blog.livedoor.jp/john96pierre/archives/51581691.html#trackback

     明治時代に一宮司が私利私欲で売却してしまった居合神社の大太刀が、戦後に発見されて有志が買い戻して神社に再寄進したみたいに、忠元神社に還ってこないかな……。

  30. 人間七七四年 | URL | -

    うっわ、本当に痛い奴が湧いてるわ。
    本スレで相手されないからって、此方に流れてくるなよ。
    これだから2chのゴミって奴は・・・。

    >神主が宝刀を託したことになってるみたいだけど
    しかも米欄見ても誰もこんな事話してないのに・・・。
    勝手に他人対手に妄想劇まで繰り広げてる。マジ気色悪いわ。
    ブログじゃ無くて脳神経外科か心療内科行けよ!

  31. 人間七七四年 | URL | -

    米29
    胡散臭さ全開ですねwww

    セールストークの
    >妙円寺詣りのコスプレに
    は酷過ぎ…

  32. 人間七七四年 | URL | -

    単純に盗んだだけじゃないのかね

    しかし200年以上無事だったのに奉納から2,30年でなくなるとは
    まだ生きてたであろう関係者もびっくりしただろうなw

  33. 人間七七四年 | URL | -

    はいはい、盗み強奪略奪ですねそーですねー、良かったねー

  34. 人間七七四年 | URL | -

    ※29
    そんな話が与太であれ出るって事はやっぱり紛失しちゃったって事か。
    まあ結果いい話ではないわなあ・・・。

  35. 人間七七四年 | URL | -

    新納が守ろうとした薩摩のためなんだから仮に略奪でも問題ないでしょ
    行為で国を愛する美しい心が否定されることはない
    それに宝刀が敵の日本軍に奪われる可能性をなくしたんだしちゃんと良い話だよ

  36. 人間七七四年 | URL | -

    西南の役は西郷が逮捕されるってデマと各種既得権を奪われてキレた連中が示威行動のために上京しようとするも熊本までしかたどり着けなかった、
    ただそれだけで薩摩守るとかは無いんと違うか?

  37. 人間七七四年 | URL | -

    >35
    はいはいw何でもかんでも日本軍が悪いんですよねぇ~www
    馬鹿じゃねーの?

  38. 人間七七四年 | URL | -

    このコメの流れを見る限り、もはや略奪か否か以外すっかり忘れられてるね。

  39. 人間七七四年 | URL | -

    少なくともこの逸話に入ってくるコメに薩摩隼人は1人もいないのは分かった。

  40. 人間七七四年 | URL | -

    何で高圧的に取ろうとして拒否されて奪った前提で話してるのか意味不明ひじょうにたかい(笑)妄想も大概にしとけ
    邪魔とも思ってないし捨ててない。カッチョワルクもない。くだらん妄想で批判する俗物カッチョワルーw

  41. 人間七七四年 | URL | -

    俗物144必死すぎてワロス
    てめぇこそ何勝手に奪った前提なんだよ貧して鈍してもいないさもしい貧乏根性でもない。カッチョワルクもない。
    くだらん嫉妬で批判して叩かれてる貧すれば鈍するさもしい貧乏根性の俗物馬鹿カッチョワルいな
    批判される必要もない。食人、強姦、虐殺とかも誇張されすぎ。(なかったと言っているわけではない)
    守るためにやってんだろ。お前こそ違う。
    「方言書いたつもりでも間違ってる」敗走自体は悪くない。「揚げ足取りしゅるぞー!しないと叩くじょ!」とか言っておいて言い逃げのてめぇらは批判されてもしょうがない。
    日本軍は奪わないだろ。
    奪うのとかてめぇら俗物とか盗賊とかだろ。
    複数で奪うことだろ。用語であるんだろ

  42. 人間七七四年 | URL | -

    薩摩の人が薩摩の人の刀使ったんだったら
    何の問題も無いんじゃないか

    いやもちろん文化財的にはアウー!トとしか言えんが
    刀は使ってもらってナンボよ

  43. 人間七七四年 | URL | -

    元々薩摩の人の刀だったんだ?なら何も問題無いのでは…
    むしろ燃える展開な気が

  44. 人間七七四年 | URL | -

    この刀じゃないかな?

    新納光世
    にいろみつよ。新納武蔵守忠元の佩刀。忠元は島津家臣で鬼武蔵と呼ばれた。慶長15年(1610年)85歳で没。新納家から神社に奉納していたものが明治10年(1877年)の西南戦争のときに持ちだされ、鹿児島市内の貴島某が入手。それを西郷従道が譲り受け、のち岩崎男爵家に贈り、終戦後同家を出た。刃長二尺三寸一分。元幅一寸八厘。表裏に棒樋。鋩子乱れこんで尖りわずかに返る。中心大磨上で目釘孔3個。筑後の三池光世という伝承は幅広の樋からの鑑定。相州系と見られる。

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