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「神主、久しうおじゃる」

2013年01月27日 18:56

190 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/26(土) 20:50:18.57 ID:SGWhGIN4
地元(愛知県豊橋市)の薄い情報誌に載ってた話と現地の看板に書いてあった情報をまとめて書きます

徳川家康公は天文二十三年、まだ竹千代と呼ばれ吉田城内におられた頃、
正月十四日に安久美神戸(あくみかんべ)神明社に参拝し、太刀を奉納。
社頭の松の根元に腰を掛けて、祭礼(鬼祭・おにまつり)を興味深くご覧になられた。

その後、慶長八年に家康公は京都の伏見城において神明社の神主司守信を召され、
「神主、久しうおじゃる。今も神式にちんばの真似をするか」を昔の祭礼の様子をお尋ねになられ、
以来、例祭鬼祭の司天師田楽は「ちんば踊り」と呼ばれるようになったという。
またこのとき、朱印領三十石と太刀を奉献された。

このエピソードから「家康公御腰掛松」として社頭の松が江戸時代より奉られていたが、
明治十七年、当時の神明社を現在の地に御遷座の際に腰掛松の代わりの松が植えられたそうです。

権現様の記憶力のいい話に、また新たな一ページが・・
そして、おそらくその田楽
ttp://www.youtube.com/watch?v=UBY8m2ypKWU




191 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/26(土) 22:01:01.62 ID:myop0T57
久しうおじゃるとな…
神主も長生きでよかったな

192 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/27(日) 03:31:36.61 ID:qblIWjhU
そういえば家康は普段から駿河ことばをしゃべっていたという話を聞いたことがある
実際はどうだったんだろ

193 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/27(日) 12:36:15.15 ID:QIDNfp5f
静岡市から来た女の子の、そのの~の~ぉ、という
実におっとりたおやかな言葉というかイントネーションが忘れられない。
「その」の一言が何故そうなる。特別おっとりしてる子だったからなのかなぁ?

194 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/27(日) 14:57:36.91 ID:Y8uZjrdl
「おじゃる」って今川家の駿府御所では日常的に使ってたのかな

195 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/27(日) 16:15:10.41 ID:6yH5abUi
名門武家だしそんな庶民の言葉使わないんじゃないの

196 名前:人間七七四年[] 投稿日:2013/01/27(日) 16:50:32.10 ID:J/9EibcW
国替えで遠くへ行くと方言問題で苦労しそうだな。

197 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/27(日) 16:58:17.53 ID:dgcfI0ri
宇和島だと武家だけ東北訛とかなんだっけ?
風習やら行事なんかはまんま宗家と同じにやってたと聞いたけど~

198 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/27(日) 17:02:34.61 ID:7zAyEVUi
越後長岡藩も武士だけ三河訛りだった、とかいう話だな。

199 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/27(日) 18:33:33.35 ID:dl4u/371
その理屈だと、土佐藩上士は尾張訛りだったとでもいうのか?

200 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/27(日) 19:53:54.87 ID:fsrXLPkh
母方の実家が宇和島藩士の家系だけど聞いた事なかったな…実際はどうなんだか

201 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/27(日) 20:33:51.74 ID:t31kz6b9
そんなこと言いだすとキリがない気がするがw

202 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/27(日) 23:18:36.20 ID:jvPVyfDO
ただ、殿様連中は普通に江戸弁で幼少期を過ごしているからなぁ。
205 名前:人間七七四年[] 投稿日:2013/01/28(月) 18:24:34.35 ID:1gAh7aNi
>>197
初期の宇和島伊達家では現地採用の下級武士に、
仙台からきた藩首脳部の言葉が通じないので通訳みたいな仕事をする人がいたらしい
ソースが司馬遼の小説なんでホントかどうかわからないがw

206 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/29(火) 12:21:38.11 ID:hpGkLg9I
郷土の方言などを調べてるとたまになんで遠く離れた地方の方言と一緒なんだろと不思議に思うことがある
つまりは国替えによってもたらされる言葉の移入なんだな

207 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/29(火) 12:24:54.72 ID:d1qysb2o
長岡の武家言葉が三河弁の流れとかあったな

208 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/29(火) 12:54:51.67 ID:dTkiweTr
方言ではないが宇和島の「じゃこ天」のルーツが仙台の笹蒲鉾らしいけど
練り物って以外似ても似つかんのだが…

209 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/29(火) 13:51:57.13 ID:WbQQ/XJF
四国って七人みさきとか上の怨霊の話とか相撲大会とか
魑魅魍魎がうじゃうじゃいるイメージ。

210 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/29(火) 14:29:07.27 ID:hpGkLg9I
土佐の山手の村じゃ猫食う文化があるらしいし
東北かどこだかにも葬式の夜に狸汁が振る舞われているって聞いた

211 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/29(火) 16:23:59.21 ID:0NTV5GM1
>>209
死国というくらいだからな。

212 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/29(火) 18:27:02.38 ID:XJzbWj0T
>>209
俺には四国=お遍路さんと野球、みたいなイメージだけどな
むしろ瀬戸内海隔てた県は街並みの美観が有名な一方、ミステリーの創作といい例の人の史実といい物騒な感じが(ry

・・おや、某所からお茶会の通知が来ているぞ

213 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/29(火) 18:30:49.46 ID:XJzbWj0T
連投スマソ
>>206
そういえば、何かで読んだけど・・地域を間違えてたらスマンが・・島根県?と距離にして何百キロも
離れてる東北の庄内地方??の訛りには、濁音かなんか、発音に共通性があるそうだ
言語学によりタネ明かしをすると、日本海の交易が歴史的に両地域を結び付けていた、らしい

214 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/29(火) 19:15:19.42 ID:0l39YuG9
>>209
四国民だが、弘法大師が結界はったお陰で、四国(鬼国土佐は除く)には幽霊だの狐はいないと聞かされた
幽霊話はみんな狸のせい

215 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/29(火) 20:14:18.66 ID:y1OlKGpe
キツネが追い出されたから狸が多いのか

216 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/29(火) 20:20:14.04 ID:HoMdVO2c
>>207
江戸弁はいろんな地方の言葉が合わさって出来たけど三河弁の影響も濃いらしい
最近は東京でも首都圏方言の人ばっかりで江戸弁自体廃れちゃってて寂しいよ

219 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/29(火) 21:53:14.65 ID:psL0QQvZ
>>211
四国=死国は創作だぞ

220 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/29(火) 22:35:58.90 ID:dTkiweTr
四国には鳥が居らずに蝙蝠が居るとか…

226 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/30(水) 10:00:42.13 ID:V5pk1d78
>>213
松本清張の「砂の器」だね。
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    福山藩は水野さんが連れてきた人達のおかげで
    一部の三河・尾張訛りが方言に残った

  2. 人間七七四年 | URL | -

    坂本龍馬は「ぜよ」じゃなくて「だぎゃあ」だったのか!

  3. 人間七七四年 | URL | -

    いや、龍馬は郷士だから。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    龍馬は郷士だから土佐訛りでいいんじゃないかい?

  5. 人間七七四年 | URL | -

    後藤象二朗や吉田東洋がだぎゃあ?
    イメージががが

  6. 人間七七四年 | URL | -

    「ちんば」って、要するにびっこのことだろ。
    神式でちんばの真似って、
    神に祈るのにそういう祈り方があったのか。

  7. 人間七七四年 | URL | -

    米6
    そのへんは柳田國男の一つ目小僧に詳しい。

  8. 人間七七四年 | URL | -

    米6みたいな無知が差別の根源だよな

  9. 人間七七四年 | URL | -

    むしろ三歳さんのところは
    藩の人達は雅な方が幾人もいたのに
    ごらんの有様

  10. 人間七七四年 | URL | -

    重箱の隅かもしれんが家康って竹千代時代に吉田城に居たことが有るのかな?
    吉田は家康が独立してから岡崎系(?)の支配下に入っている筈だし
    人質時代は尾張と駿府に居た訳だし。どうなんでしょ?

  11. 人間七七四年 | URL | wlh0LWeY

    ゲームだか小説だか「桶狭間だぎゃぁー」と叫んで飛び出す信長がいたような…
    浜松在住だった親族は「~だに」と言ってたけど、実家長野なのでどっち由来だかワカランな。


    いや、アニメとかドラマは今のままでいいですよ…
    六三四の剣とかちょっとキツかったし。

  12. 人間七七四年 | URL | -

    一瞬「ちん○」に見えてしまい、何言いだしてんだこの人!?
    と驚いてしまった。ちょっと切腹して来る。

  13. 人間七七四年 | URL | -

    ※10
    今川の人質時代に駿府ではなく吉田城に置かれてたという説がある。
    本多氏 vs 平野氏であれこれやってるけど、書状の誤読っぽい気もする。

  14. 人間七七四年 | URL | -

    ※13サンクス
    しかしそうなると、駿府時代の北条氏規との友誼や孕石さんとの熱い交流も育まれないな。
    本人は隠居地に選ぶくらい駿府を気に入っていたようだし、吉田拘留説だと色々と
    家康伝説に齟齬が生じるな。
    秀吉みたいな地下上がりならともかく、歴とした武家出身の家康でも、あやふやな所って
    有るんですね。

  15. 人間七七四年 | URL | -

    ※14
    戦国の頃は大大名でも意外とあやふやなもんだよ。
    下手すると年単位で行動が解らなくなることもしばしば。

  16. 人間七七四年 | URL | /uHYxkhw

    土佐山内家中の上士は出身地が様々だから尾張訛りとは限らないんじゃないかなぁ。
    吉田東洋は土佐の地元武将が先祖だし、板垣退助の先祖は甲斐の板垣駿河守だし、後藤象二郎の先祖は美作後藤氏だと云うし。
    殿様自身と山内家譜代重恩の家臣は確かに尾張訛りだと思うけれど途中で美濃や近江、それに播磨や遠江辺りの武士が家中に加わってると思われるから、上士が尾張訛り一色とは考え難いと思う。

  17. 人間七七四年 | URL | -

    >>195なんかは願望が入っているなぁ。
    「庶民の言葉」でなければ当時ならば「京言葉」辺りが、
    「上流階級の普通」になったんじゃないの?

    地方豪族が拡大していった戦国時代では大大名とはいえ、
    上層部でもいまで言う「方言」なんて普通だったのでは?

  18. 人間七七四年 | URL | -

    ※3,4
    ところがどっこい光秀の子孫(自称)ぜよ!

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