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一条兼定の放蕩

2013年02月01日 19:51

379 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/02/01(金) 14:54:04.30 ID:lgQ/A4q5
一条従三位権中納言兼定卿はその頃、御諱を改められ康政と号せられた。

この卿は元来から性格が軽薄であり、常に放蕩を好まれ、人の嘲りも顧みず、日夜酒宴・遊興に耽り、
男色女色しへつらいを受け、又は山河に漁猟を事とし、軽業、相撲、異相の者に熱中し、
近習の輩とは主従の隔てがなく、まるで親友同士のように肩を押し膝を組む有様であった。

ある時は男女を集めて踊りを踊らせ、その中に立ち交ざり、祭礼の場や説法の道場にも、
深編笠をかぶり頬かむりをして人々に交ざり、男に触り女にもたれかかり、様々な戯れをされていたが、
人々がそのことを知らないとでも思われていたのだろうか、外様の人々に向かっては、立ち振舞・行儀重々しく、
目を見返すことすらセず、軽々しく言葉もかけなかった。

鷹狩、巻狩などの折に、往来の旅人がそのことを知らず、傘をかぶったまま、あるいは馬に乗ったままで通りすぎようとする
者があれば、奇怪であると鉄砲を撃ちかけ弓を射かけ、又は人を駆けさせその者を打擲させた。
無礼不義を許さぬと、僅かな罪であっても許すことがなく、大小上下、心を安んずる時がなかった。

老臣である、土居、安並、羽生、為松といった人々は、主君に不義があるのを見て諫言をしたものの、
これを受け入れることもなく、慢心のままに振舞われていた。
(土佐物語)

長宗我部の立場からの記事であるが、一条兼定の放蕩についての記録である。




380 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/02/01(金) 15:17:23.05 ID:MNSsPeLy
康政って、まんま源康政と諱がかぶるじゃないかw

382 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/02/01(金) 18:18:19.65 ID:2RXaVO+b
>>379
一条兼定ってツンデレだったのか
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    >又は山河に漁猟を事とし、軽業、相撲、異相の者に熱中し、近習の輩とは主従の隔てがなく、まるで親友同士のように肩を押し膝を組む有様であった。
    ある時は男女を集めて踊りを踊らせ、その中に立ち交ざり、祭礼の場や説法の道場にも、深編笠をかぶり頬かむりをして人々に交ざり、男に触り女にもたれかかり、様々な戯れをされていた

    ここだけを見ると、くだけていて気取らない多趣味の楽しい殿さまですねw

  2. 人間七七四年 | URL | -

    信長も女装して祭りに行ってたりしてたのに、扱いがえらく違うなぁ…w

  3. 人間七七四年 | URL | -

    桶狭間の戦いで負けてたら信長も似たような評価だったんだろうなぁ

  4. 人間七七四年 | URL | -

    血筋と家柄だけの人ってイメージだけど、こんな砕けた行動だったのか。
    逸話上とは言え、雅的な装いばかりの人だと思ってた。

    ただ当主として殆ど活躍出来なかっただけでなく、家まで没落させちゃった
    のだから、コテンパンに言われるでしょうね。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    ※4
    >当主として殆ど活躍出来なかっただけでなく、家まで没落させた

    ああ、確かにその類の人は悪くいわれやすいな…

  6. 人間七七四年 | URL | -

    長宗我部、本山、安芸の三家間の闘争を煽ったり、伊予方面に兵を出したりして摂関家の格を怪しくしなから追放されたって話しもあるよ

  7. 人間七七四年 | URL | -

    ただ、四万十川で復活した時だけは別人なんだよな。
    その時だけ切り出せば人望ある悲運の名将にさえ見える。

  8. 人間七七四年 | URL | -

    伊予出兵での失敗がなければそう悪くない治世なんだけどねえ。
    是のお蔭で蝙蝠さんが自立の野望を積極的に進めてしまったし、
    重臣連中の離反を招くこともなかったわけだから。

  9. 人間七七四年 | URL | -

    ノブヤボの能力値は笑うどころか、悲哀すら感じさせるものが有るね。
    最低値1位って・・・・。

  10. 人間七七四年 | URL | -

    官位もらったり良質の武具で固めても地方マイナー武将にまだ勝てないからな、イチジョー様は…

  11. 人間七七四年 | URL | -

    放蕩しても いいじゃない
    お公家さんだもの

  12. 人間七七四年 | URL | EybeWf1w

    それこそ源康政の傀儡だったなんて説まで出されてる人だからなあ

  13. 名無しの日本人 | URL | -

    だって長年京都暮らしでエリートだったからなぁ…
    一条宗家の意向を無視できない程度には傀儡だったんじゃないか?
    とは言え、こういう放蕩の記録は、氏真同様、ただの勝者の言い訳の濡れ衣だと思っている。

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