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家康公の細かな配慮がいい話

2013年04月15日 19:51

54 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/04/14(日) 20:28:00.32 ID:IRgUakJp
天正壬午の乱において、徳川家康が甲斐新府で北条氏直と対陣していたころ、
徳川方の平原宮内が密かに北条氏直に内通しているとの情報を
保坂金右門が漏れ聞き、これを言上したため両者が呼び出され糾明が行われた。

そこに元武田家臣の辻盛昌も立ち合っていたところ、
平原はその罪を逃れがたい状況となったため、
奥山新八郎の従者が主の刀を携えていたのを見てとるや、馳せ寄ってこれを奪い、斬り回った。
その場に丸腰でいた辻盛昌は、捕えようと素手で立ち向かったが面を斬られ血が目に入り
進みかねて退き、結局土屋権右衛門(重成)、永見新右衛門(勝定)が立ち向かい、
小幡又兵衛昌忠が平原を討ち取った。

この話を家康が聞き、平原を討ち取った小幡昌忠らを賞したが、
辻盛昌については、その心は剛であるが
打ち物もなしに白刃に立ち向かったため思わぬ手傷を蒙ったとして
深く賞することはなかった。
けれども、辻盛昌に対して絹衣に黄金を添えて与えたという。

これは、このような剛の者をみだりに褒め称えると、
手に武器もなしに白刃に立ち向かうことがよいことであることになり、
別の機会において或いは死んでしまうことがあるかもしれない
という家康の心配りであったという。

以上、武徳編年集成、武徳大成記、家忠日記追加、古人物語を出典とする干城録より。
ちなみに貞享書上には、辻盛昌が平原を組み伏せ討留めたと記録されているそうですが
なんにせよ家康公の細かな配慮がいい話ということで。




55 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/04/15(月) 00:17:48.87 ID:rdQfifie
戦国時代の教訓は現実とかけ離れた理想論や道徳がないのがいいな。
逆を言えばそれだけ安心出来ない世の中だったわけでもあるが

56 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/04/15(月) 11:10:16.41 ID:BXEeHnZ+
妻の兄からの招きに応じてはいけませぬ
橋守りを仰せつかったら家族との別れを済ませておきましょう
主をいくらこき下ろしても問題ありません(M兵衛を除く)
手柄なしの帰参は死を招きます

4番目は今でも通用する気もするか

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    いい話に水を指すが、奥山さんは辛い立場だよなぁ…

  2. 人間七七四年 | URL | -

    司馬で良く出てくる「素手で刃物を取る馬鹿」か

  3. 人間七七四年 | URL | -

    武尊「草薙剣なんていらね素手で楽勝だろ」

    古来からの伝統的「駄目でした」フラグ

  4. 人間七七四年 | URL | -

    この保坂金右門(保坂金右衛門)って、三河物語で、大坂夏の陣のときに、彦左衛門にけなされてた旗奉行の人じゃないかしら。ただ、年齢的に大坂夏の陣だと、ちょっと年が行き過ぎのような気もするので、息子かも知らんけど。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    疑わしい奴の目の前に武器をぶら下げるとは(護衛は止むを得ないが)。
    刃が家康に向かわなくて良かったよ。

    >手に武器もなしに白刃に立ち向かうことがよいことであることになり
    他家だけど、流石にふんどし一丁の場合は誰も真似しなかったか。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    辻盛昌「こいよべネット!」

  7. 人間七七四年 | URL | -

    平原宮内「元板垣家家臣の俺に敵うもんか!」
    (多分この人は元武田家の板垣家家臣じゃなかったかな?)

  8. 人間七七四年 | URL | -

    56は上から順に直家、長可、長政、秀吉の逸話かな
    歴史に疎かったのになんだかんだ数年ここ通ってると覚えるもんだな…

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