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大と小での心の違い

2013年04月29日 19:51

154 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/04/29(月) 16:12:40.42 ID:MYQo4QZ8
徳川家康が駿河の城にいた時、江戸より浄土宗の和尚が来て、在府中しばしば夜話に上った。
ある夜、仏道の話題になって和尚が「仏法は元来釈迦如来の法ですが、八宗・十宗と分かれ、
その宗旨ごとに、それぞれの教え方、勤め様があります。

しかし、元来は一の法なので、諸宗を信仰し、あれもこれも学ぶことを雑学・雑門と申します。
どの宗においてもよろしからぬ事でありまして、ましてや念仏宗はたいそう嫌っています」
と申し上げた。

それを聞いて家康は「それは当然だな。万の筋道を学び、諸芸を努めているようでは、
一筋に思い入って修行することが難しいのも道理である。

しかしながら、後世を願う有り様には大と小では心の違いがある。

つまり、我が身を助けたいためばかりに後世を願う者は、何れにしてもその身に
思い入る宗旨を一向に頼み入っていれば、他宗を構わなくとも埒が明く。

だが、天下国家を統治する者にとっては、自分一人が成仏する分別では義理が違う。
願わくは、天下の諸民をことごとく成仏させようと思う願いを立てなくては叶わない事だ。

宗旨には八宗・十宗があって一様ではない。それでも、諸宗とも手抜かりなく立て置き、
諸々の衆生を遍く導かす。これを天下を有つ者の願い様というのだ」と言った。

これを聞いて和尚は「誠に御尤もの事です」と感銘を受けた。

――『責而者草』




155 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/04/29(月) 17:14:58.18 ID:d4YkiolL
大と小って、大乗と小乗のことか?

156 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/04/29(月) 17:40:08.52 ID:RWWE4Uuz
>>155
個人として後世を願う範囲のことを言ってるんでしょ。>大小
普通の人なら個人の救済を願えばいいけど、天下人の立場だと自分個人より天下の人々全てに対する
救済を願わなければならない、という。

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | zuP6Kao2

    「家康」、「大」と聞いて
    また漏らしたのかと思った私は
    きっとこのサイトに毒されてる。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    基督教は仏道じゃないから大も小も駄目…と

  3. 人間七七四年 | URL | -

    ※1
    貴殿はそれがしかwwww

  4. 人間七七四年 | URL | -

    大と小は、小乗と大乗であってますよ。
    大乗仏教は乗り物に例えたら大きな乗り物、小乗仏教は小さな乗り物です。

    大乗仏教は、自分と他の幸せも叶う教えで、小乗仏教は自分の幸せを叶える教えです。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    大…三方原でこぼした味噌
    小…北条攻めでラスボスと小田原に撃ち掛けた水鉄砲

    どちらも心根が違いますな

  6. 人間七七四年 | URL | -

    ※5
    中…ひこにゃんパパに放った一発

    さて、備前茶一気飲みしてくるか

  7. 人間七七四年 | URL | -

    冗談にも、場を和ませるものと、品性疑うものとの大小があるようだな...

  8. 人間七七四年 | URL | -

    心の汚れた生屎坊主だらけではないか…
    この※欄は焼き討ちしてしまったほうが良い

  9. 人間七七四年 | URL | -

    釈迦本来の教えを忠実に実行する上座部(小乗は大乗側からの蔑称)は、個人個人が解脱して世の苦しみから脱却する事、すなわち仏に成る成仏を目的としていた。
    だから仏教徒以外は成仏できない。
    ちなみにキリスト教の様な唯一神は存在していない。
    出家が第一条件(俗世の因縁を断ち切る)と凡人にはハードルの高い教えだった。

    対して大乗は先達の仏や守護神を崇拝する事で利益を得て成仏しようとする教えで、阿弥陀如来の様な絶対的な存在が現れたのはここから。
    日本に伝来したのも大半が大乗教だった。

    ストイックな上座部と万人向けの大乗、同じ仏教でも救済の意味合いは違うと思う。
    もし伝来したのが上座部なら、仏教はここまで日本に浸透しなかった気がする。


    ※6でお下劣なネタをやってしまったので、反省して真面目にコメントをしました。

  10. 人間七七四年 | URL | -

    備前茶を一気飲みして生き残るとは当コメント欄にふさわしい強者よな

  11. 人間七七四年 | URL | -

    余談だが、本来の仏教は霊魂の存在を否定している。
    輪廻転生からの脱却を図る仏の教えでは、霊の様な中途半端な存在は認めてはならない。

    にもかかわらず現代の日本でも寺で水子供養や悪霊祓いの様なものが行われるのは、仏教が伝来した際に日本古来の怨霊信仰を取り込んだ為と思われる。
    死の穢れを嫌う神道に対して、仏教は死を通過点と考え恐れない。

    「仏の力で怨霊を退散、成仏させる」という発想は本来の仏教の教えではないが、現地の状況に合わせて新たなサービスを始めた、というのが正しいと思う。

    どうやら話がそれたのでこれで失礼します。

  12. 人間七七四年 | URL | -

    法然上人は念仏に至るまでに、諸宗を研究しつくしてるしな。
    指導者はそうじゃないといけないんだろうけど、今も昔も日本は専門馬鹿が尊敬される風土だからねえ。

  13. 人間七七四年 | URL | -

    難しいとこだな
    法然も親鸞も比叡山のエリートだったが故に知識偏重の害も知った。それで念仏に特化した教説を発表した途端に比叡山の知識層から追放されたわけで、、、
    で、追放されて、地方武士、漁師、遊女の現実を知ったからこそ、日本独特の浄土仏教が完成した。
    比叡山の知識を地方の現実が実学にしたのだろう

  14. 人間七七四年 | URL | -

    日蓮上人も比叡山出身。
    「四箇の格言」「立正安国論」などのせいで唯我独尊のイメージがある一方で、下層民の信者の為に仮名混じりの手紙を送り教えを説く心配りも見せている。

    法然、親鸞、日蓮らが活動した時代は「末法」。

    本来比叡山の中核を担ったであろう逸材が、世を救う為に山を下りてまでして新宗派を興す…
    当時の世相の危機感はどれ程のものだったのか…

  15. 人間七七四年 | URL | -

    栄西も道元も一遍モナー

  16. 人間七七四年 | URL | -

    手紙で布教と言えば蓮如もそうだね。
    のちに集められた書状集が御文(御文章とも)と呼ばれ今も重んじられてるし

  17. 人間七七四年 | URL | -

    それにしても、為政者として合格すぎる発言だろ家康公
    この後に元和えんぶ 成ると思うと胸熱ですな

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