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三歳牛の毛の数

2013年05月14日 19:51

283 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/05/14(火) 16:25:23.21 ID:zXnARiyL
慶長三年正月、蔚山に布陣する日本勢へ明軍数十万が攻め寄せてきた。
戦国叩き上げの日本勢であったが、
日頃古典で親しんでいる漢民族の大軍に、
皆、一言の発することも出来ず呆気にとられていた。
直茂さまが、
「とんでもない人数だ。あの分では何十万という単位であろう」
と仰せになると、中野神右衛門が、
「我らが日本国では、
数知れぬことを三歳牛の毛の数と申しますが、
これがつまり、その、三歳牛の毛の数ですな
ガハハハハハハw」
と冗談を言ったので、鍋島勢のみならず、
日本勢の人々は思わず笑いだして、
よい具合に落ち着き、力を取り戻したという。
このことは、勝茂さまが白石山で狩をなさったとき、
中野又兵衛政良にお話になって、
「おまえの親父のほかに、あのとき一言いえた者はなかったぞ」
と声をかけられたとのことだ 【葉隠】

284 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/05/14(火) 16:34:59.78 ID:zXnARiyL
ちなみにこの中野神右衛門清明という人は、
山本常朝の祖父にあたる人。
かなりの剛の者だったらしく、
筑後三池城攻め一番首、
肥後和仁城一番乗り、
筑後戸原城攻め一番乗り、
筑後江ノ浦城攻め一番乗り、
と武勇を記録に残している。
直茂公逝去時に追腹を願い出るも、
勝茂公に止められ断念。
光茂公逝去のときの山本常朝を考えると、
魂も受け継がれるのかと思うようなエピソード



285 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/05/14(火) 20:31:00.51 ID:HtG3D7C4
初陣の若者の目には、さぞ頼もしく映ったことだろうな

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    昔はそういう良い肩だったのか

  2. 人間七七四年 | URL | -

    三歳様が牛の毛の数を数えろとか無理難題言ったかと思ったら
    全く関係なかったぜ!

  3. 人間七七四年 | URL | -

    >三歳牛の毛の数
    検索しても全くヒットしない。一体何の古典からの引用だったのだろう?
    そして、どう言う事から発生した言葉だったのだろう?気になるなぁ。

  4. 人間七七四年 | URL | vEmrOf96

    佐賀の俗諺じゃあるまいか>三歳牛の毛の数(多いもののたとえ)

  5. 名無しさん@ニュース2ch | URL | -

    三歳牛で、今検索したら
    なんでが、奄美方言と言う本に当たった。

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