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蒲生家臣子孫のお話

2013年05月27日 19:51

357 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/05/27(月) 16:37:58.12 ID:XFfsTUPl
去年の年末頃に蒲生家臣だった先祖の話を書きこんだ者です。
あの後いろいろ調べてみました。

実は松坂に遠い親戚と言うか昔から付き合いのある家があり、苗字も同じなので
少々話を聞かせてもらってきました。
その家も元は氏郷公に仕えていてうちの親戚だそうですが会津移封以前に商人に転向したそうです。
江戸時代に交流はあまりなかったそうですが戊辰戦争終結直後、その松坂の親戚が
こちらを心配して連絡を取ったことから交流が復活、太平洋戦争時には逆に松坂の親戚を疎開させたそうです。
これといった特別な話はありませんがせっかくなので少し。

蒲生家に仕える前の話ですが、所謂地侍であったそうです。
いつも特定の家に仕えている訳ではなくそのときによってころころ勢力を変えていたとか。
時にはあえて親兄弟が別れるというプチ真田家のようなこともしていたようです。
規模は全く違いますが割とよくある手段だったのかもしれません。

それからあまり戦国関係ありませんが曾祖父の訛りがやや変わっていました。
私の実家近辺は大河ドラマの会津弁をやや乱暴にした訛りなのですが、なんというか西の方の
イントネーション寄りだったように思います。
偶然当時のビデオが残っていたので聞いてみたのですが、今聞いてみても会津弁とはどことなく
違っているようです。
私自身、喋っているのは標準語寄りの会津弁のつもりなのですが地元の友達からはちょっと
違うように聞こえるとのこと。

そういや工場長のお墓に毎年お参りに行ってたなーとか今考えると色々あったりします。
何か分かったらまた来るかもしれませんのでその時はよろしくお願いします。


関連
うちの先祖は蒲生氏郷に仕えていたらしい



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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    まぁ、地侍だと大名の転封には付いていかず
    次にやって来た領主に仕えるってのも珍しくなかったし
    帰農したり商売始めたりってのも昔話でよく見かける

  2. 人間七七四年 | URL | -

    会津には都落ちした平氏の末裔の集落があって、
    今も京訛りの言葉を話すって聞いたな。

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