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天正5年の怪星

2013年05月29日 19:53

369 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/05/29(水) 14:44:43.17 ID:GL+Xoqqs
義益様が御早世されて以来、永禄十二年より天正五年までの前後九年間。
慶龍丸(伊東義賢)御若年ゆえ祖父三位入道殿(伊東義祐)が後見していた。

天正五年八月、六郎義賢が十一歳の時に公方義昭公へ御太刀を進上。
これにより御書を頂戴し家督の祝儀として左京亮に任じられた。

九月十六日、八幡御神事の時には前代よりの吉例に任せて騎馬にて御社参。
御陣代は祖父入道が勤められた。

九月二十八日の夜より怪星が西南の方角に現れ、十一月に入るまで止まず。
その光は闇の夜も月夜の如く照らし四十日間も続いた。

(日向記)

日向記では「義賢様家督の事」と言うタイトルなのだが、注目すべきは
どちらかと言うと怪星の方なのだ。

この怪星はむろん死兆星…ではなくて、絶対等級-1.8等と言われる大彗星。
甫庵信長記の松永弾正謀反のところでも触れられている。

西洋ではティコ・ブラーエがこの大彗星の観測結果から、現象が月よりも
遠方で起きていることを証明し旧来の天動説を覆す重要な証拠となった。





371 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/05/29(水) 21:07:45.85 ID:+2HHqZSd
40日間ってすげーな。

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    政元「なんだー。お友達の天狗がやってきたと思ったのに」

  2. 人間七七四年 | URL | -

    パウル・ナーゲル「この1577年と1618年の彗星は木星と土星の影響だよ。1577年は巨獣ビヒモス、1618年は海獣リヴァイアサンで神の鉄槌は下され様としてるて警告したら、不穏な予言者にされて、死後埋葬された墓から掘り出されて野晒しにされてしまったよ。」

  3. 人間七七四年 | URL | paD8j7Yc

    百武賢兼「怪星ではあるが、いつかあの星が我が一族の名を天下にとどろかせてくれる。そんな気がするのだ・・・。」

    ところで、これの5年前のティコの星の記述はないのかなあ?

  4. 人間七七四年 | URL | -

    昔、親父が彗星だか流星だかを見たとはしゃいで居たが、
    後からニュースでそれが三陸沖まで飛んだテポドンだったと判った
    シャレにならない出来事を思い出した。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    甫庵じゃない方の信長記にも書いてあるよ

  6. 人間七七四年 | URL | -

    ※3
    ティコの星は明るいとは言え金星レベルでしたから、当時の日本だと
    暦なんかで星の運行に気を使ってる人しか気づかないかも。

  7. 人間七七四年 | URL | -

    この彗星の史料はもっとあってもよさそうなもんだけどなあ。

  8. 人間七七四年 | URL | -

    ※7
    多聞院日記にも載ってたよ

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