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宮川尚古による史料批判

2013年07月08日 19:51

26 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/07/08(月) 09:05:58.97 ID:LS+n4B6L
ある本によると、この日、石田・長束・大谷等が談合して、瀧川豊前・
矢田半右衛門に連判の誓書を持たせて、秀秋の陣所松尾山へと遣わし、
今日池尻口に於いて内府の先手を切り崩した経過を述べさせて、秀秋の
家老平岡石見守・稲葉佐渡守に忠義を勧めたと記されている。
その誓書に曰く

 一、秀頼公、十五歳に成られるまでは関白職を秀秋卿へ譲り渡すべき事。
 一、上方の御賄の為に播磨国一円を相渡すべく。もちろん筑前は前々の
   如くなるべき事。
 一、近江に於いて十万石宛、稲葉佐渡守、平岡石見守両人に、秀頼公から
   これを下されるべき事。
 一、当座の御音物の為に黄金三百枚づつ、稲葉・平岡にこれを下される
   べき事。
 右の条々、違変申すものに於いては(神文はこれを略す)
   九月十四日

                    安国寺 判
                    刑部少輔 判
                    治部少輔 判
                    大蔵大輔 判
                    摂津守 判
    秀秋卿

今これを吟味してみると、秀頼公十五歳までは秀秋卿に天下を譲るとある
べきなのに、関白職と書いているのは怪しい。

ただし石田・安国寺など天下を知る人は、その子孫まで関白であると心得て
このように書いたのであろうか、そうでなくては官職を知らない後世の偽書
であろう。

その上、瀧川豊前は阿野津の城番としてその頃には伊勢国に居たと聞く。
これでは矢田半右衛門とともにこの使者を勤められる筈がない。

それなのに古主である酒井讃岐守の選ばれレた始末記(關原始末記)にも、
この誓書が載せられ、矢田半右衛門が矢部善七と書かれている。

あれこれ疑わしいので本条を除いてここに記す。この書の実否を知る人が
居れば聞いてみたいものだ。

(關原軍記大成)

宮川尚古による >>16 に対する史料批判である


関連
慶長五年九月十四日、小早川秀秋への書状


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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    この書の実否を知る人が居れば聞いてみたいものだ。

    …本当、聞いてみたいものだ。まあ、歴史なんて後世までどんな形でもいいから残ったものが真実の歴史で、残らなかった後世の物好きの想像まで歴史に加えられても困る。もちろん某歴史作家について。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    学者ならともかく作家が何を書くかは自由だと思うよ。
    文学作品と史料を混同する方が悪い。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    毎回思うのだが、ドラマや小説を「正史」として見ている人間が悪い
    のであって、作家や編集が悪いわけじゃない。
    正史として見せる腕前があるのは、むしろ凄い事じゃないのか?

    こんな批判してたら、歴史作家や仮想戦記作家全員が戦犯になる。
    あー恐ろしい世の中だねw

  4. 人間七七四年 | URL | -

    正史って正しい歴史って意味じゃねえぞ。

    それはさておき大河ドラマなんかはわかりやすく「これはフィクションです」言った方が良いとは思う。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    某司馬先生の場合は、本人も司馬史観なるものを飯の種にしていて、わかったうえでやっているので、ほめられんよ。そこで、いや史観なんてめっそうもないとかいうんなら、別だろうけど。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    米4
    可笑しな所があるのか?
    正史=「国家が編纂した歴史書」もしくは「歴史そのもの」だよ?
    歴史に対してのスタンスなのだからどこが間違ってるのだろう?

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