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田中吉政の中間・上手な瀬踏み・いい話

2008年12月17日 00:04

334 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/16(火) 21:25:29 ID:j/xWP112
上手な瀬踏み

関ヶ原の合戦の際、黒田・藤堂・生駒・田中吉政ら東軍諸将が、西軍の織田秀信
がいる岐阜城を攻撃した。

ところが前日の大雨で、城の手前にある郷戸の川は増水し、東軍諸将は足止めを
食った。

吉政は水練が得意な中間を呼び、
「郷戸の瀬踏みをして渡れそうな浅瀬を見つけて参れ。」と命じた。
中間は東軍が注目するなか川に飛び込んだが、増水のせいか今にも溺れそうな様
子だった。

中間は川から這い上がると、
「殿様。浅瀬を見つけましたぞ!」と吉政に報告した。
「マジで?さっきの貴様の瀬踏みを見ていたが、メチャクチャ深そうではないか。
なぜ、浅いと言えるのだ?」と吉政が中間に問うと、
「もし川が浅いのがバレバレの泳ぎをすれば、東軍の他の諸将が先を争って川を
渡るでしょう。それ故、わざと川が深いと思わせる泳ぎをしたのです。
先を越されないよう急いで浅瀬をお渡り下さい。」と言った。

果たして、田中隊は素早く郷戸の浅瀬を渡り、岐阜城一番乗りの手柄を挙げるこ
とが出来た。

かの水練上手の中間はこの瀬踏みの功により、『郷戸三郎左衛門』と名を与えら
れ侍に取り立てられたと言う。
(常山紀談)



336 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/16(火) 21:34:56 ID:uHUJbZb6
>>334
偏見なのは重々承知の上で、いかにも田中吉政の所の逸話だと思ってしまったw
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