FC2ブログ

米良弥八郎と右松次郎三郎の脱走

2013年08月09日 19:51

139 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/08/09(金) 06:01:01.30 ID:bnUnt1oH
天正5年(1577)日向の伊東義祐は島津の攻勢を耐えることが出来ず、ついにその主城である佐土原を
放棄し、豊後の大友宗麟を頼り落ち延びた。(伊東崩れ)

さてその頃。伊東家重臣である米良四郎右衛門尉の子、弥八郎と、右松四郎左衛門尉の息子、次郎三郎の
両人は、島津の人質として薩摩の鹿児島に在ったが、伊東家が米良四郎右衛門尉らが中心と成って
豊後と通じ、大友勢が日向に進攻するという企てがあることが鹿児島に聞こえ、島津家においては、
その人質を取り逃がしてはならないと、彼らを幽閉し6人の番兵をつけて油断なく監視させた。

二人は自分たちの監視が厳しくなった理由を伝え聞くと、密々に話しあった

「我々の父は、私たちのことを思わぬということはないだろうが、しかし親子の情も、
累代の君恩には代えがたいものだ。
国外に出た主君を本国に入れようとの志を持つのは、武士ならばそう有るべきことだ。

ということであれば、父たちは我々に構わず行動するので、我々の命が奪われるのは、
どうしても逃れられぬことである。
であれば、ここから逃亡をしては見ないか?」

そう決めると、彼らは番人が油断した隙を伺い、その6人の者たちを惨殺し、夜に紛れて逃げた。
元来彼らは三城で生まれ育ったので、舟に乗ることが巧みであったため、密かに船を盗んで
これを自ら櫓を漕いで対岸に渡り、陸路に上がると昼は隠れ、夜は進んでようやく鰐の口を逃れ、
7日目の夜に佐土原に到着した。

ここには彼らが親しい者が居たので、一飯を乞うて数日の疲労を休めた。

ところが、頼みがいのないのは世の習いである。この親しき者はその頃、どうにかして新しい日向の支配者である
薩摩に忠節を立て奉公の下地にしたいと考えていた折であったため、二人を天の与えたものと喜び、
底意の見えないように彼らをもてなし、やがて疲れから熟睡したところを伺い、これを縛り付けて
薩摩へと差し出した。本当に、情けのないことである。

二人はそれから再び鹿児島に引き出され。福昌寺において殺された。

しかしこれを聞いた彼らの父である米良四郎右衛門尉右松四郎左衛門尉は、
この上はもはや少しも心に掛かることは無いと、益々伊東家への忠節を励んだという。

(日向纂記)




140 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/08/09(金) 12:10:45.13 ID:0l675Wjy
せっかく捕まえ直した人質を殺してどうすんだよw

141 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/08/09(金) 12:24:18.04 ID:qOjtWs+4
処罰無しだととりあえず逃げてみる奴が増えるだろ

144 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/08/09(金) 23:39:25.86 ID:MijMLdMi
6人も殺してるんだから、さすがに腹立つだろ

スポンサーサイト





コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    無実の6人惨殺しちゃってるから有罪あるね

  2. 人間七七四年 | URL | 3/VKSDZ2

    密告した人の不安の種も減るな

  3. 人間七七四年 | URL | -

    でも結局伊東家は日向もどってくるから
    密告人は薩摩に逃げるしかないような…

  4. 人間七七四年 | URL | /uHYxkhw

    >>3

    佐土原はこの後ずっと島津領の筈だから、密告者は逃げなくても大丈夫ではなかろうかと。

    ただ、飫肥には行けないだろうが。

    しかし、人の心の頼み難きは古今東西は問わぬものだ…

    時代は違うが長田壱岐守の所行を思い出したよ………

  5. 人間七七四年 | URL | -

    米良って珍しい名字だと思ったら米良美一ってもののけ姫の主題歌歌った宮崎出身の歌手がいた
    そういえば、江戸川乱歩に「目羅(めら)博士の不思議な犯罪」てのがあって、
    乱歩自身は「目羅」という名字に特に出典はない、とか書いていたがある解説では
    当時「米良」という青年が事故にあったかなんかで新聞に出てたからそれを使ったんじゃないかと書いてた。
    その青年が宮崎出身かどうかは覚えてないが。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    佐土原は島津でも貴久弟の家系になるんだよね

  7. 人間七七四年 | URL | -

    宮崎住まいだが、米良って名字、宮崎なら今でもそこそこ見掛ける。西米良村て村もあるし、宮崎…というか西都市近辺特有の名字だろうと自分は思ってたわ。

    まさか戦国時代からあったとは思わなかったが。

  8. 人間七七四年 | URL | -

    プロレスラーのザ・グレート・カブキの本名が米良明久で最初のリングネームが高千穂明久だった。

  9. 人間七七四年 | URL | -

    米良、落合、長倉、佐土原、野村、福永、河崎あたりは伊東家臣に頻出する苗字。
    徳川で言うと大久保や本多のようなもの。

  10. 人間七七四年 | URL | -

    見せしめと人質として残すのを両立させればよかったのに
    目を潰すとかダルマにするとか

  11. 人間七七四年 | URL | -

    それは武士として失格レベルの行動。恥を晒すだけの愚策でしょう。

  12. 人間七七四年 | URL | -

    菊池氏の庶流も米良の苗字を名乗っている。

    菊池能運の子や弟あたりから日向に移住してる。

  13. 人間七七四年 | URL | -

    米10
    寧ろ親が、諦めと怒りと報復の感情を増幅させるだけだと思う。

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://iiwarui.blog90.fc2.com/tb.php/7782-82001f97
この記事へのトラックバック