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小野鎮幸、六十一にていろはを学ぶ

2013年08月10日 20:37

848 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/08/09(金) 22:40:58.26 ID:/FMh7SlT
ある時、加藤清正が、立花宗茂の重臣である小野和泉(鎮幸)と歓談していたとき、
和泉にこんなことを尋ねた

「和泉殿、あなたは書状の往復に困却することは無いか?
私の如きは、幼少より戦場にのみ臨んで、更に読書習字をする暇が無かったために、
今日に至るまで書状の往復には常に困難を感じることが多いのだ。」

和泉はこれを聞くと
「私は61歳までいろはのいの字も知らなかったのです。ですが、かつて高麗在陣の時に、
毛利甲州殿よりの書状が至りました。

その時、私は賊の首実検をしていたのですが、この書状を読もうと思ったものの、それが出来ず、
立花の家老とも称され、60にもなろうという者が書状を読むことさえ出来ないとは、
この和泉一人の恥辱にとどまらないと、冷や汗を流しました。
この時は幸いに、内田玄恕がたまたまこちらに来たので、書状を見せて彼に返書を書かせました。

しかしこの事は深く私の心に刺さった出来事でした。そのため、帰国してから妻にいろはを書かせ、
習字を練習しました。これによって幸いに、今日においてはにじり書きだけは良く出来るようになったのです。」
そう笑いながら語った。

清正は、和泉が謙遜してそんなことを言っているのだと思ったが、他日立花の諸士に聞くと、
果たして小野和泉の言に違いはなかった。

清正は感嘆して、
「古より偽りがないのが武士であるとは聞いているが、和泉ほど偽りのないものは
稀である。小野和泉こそ、真の武士の典型である。」
と語ったそうである。
(古雄逸談)




849 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/08/10(土) 04:01:32.87 ID:QE5deDv1
男子三日会わざれば刮目して見よ、ですね

850 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/08/10(土) 07:16:45.39 ID:7Q+T9pPf
信長の時代には農民を含めて識字率かなり高かったようだね
出典忘れたけど「この国の人たちはほとんどが読み書きできる」という書状が残ってる
武士で文字が読めない人は珍しかっただろうな

851 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/08/10(土) 09:04:54.28 ID:4seFcnCN
江戸じゃなくて戦国時代も農民の識字率高いの?

852 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/08/10(土) 09:59:48.46 ID:RdqJDEZb
毎年年貢交渉しなくちゃあいけないし
他の村と同盟結ぶ時も文書交わさなきゃいけなかったから
ある程度の人数、読み書きできる人はいただろうね

853 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/08/10(土) 10:05:07.11 ID:TgO+iliV
ザビエルやフロイスは庶民や売り子や女性ですら字が読めると驚いてる
他の宣教師や朝鮮人も一様に驚いてるから高かったことは確か
江戸時代と違って率までは推測できないが

854 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/08/10(土) 10:57:15.93 ID:rf1ru16Q
平仮名なら読めてたかもな。漢字だと、明治の頃でも自分の名前と住所しか書けない人も多かったみたいだし

855 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/08/10(土) 11:00:19.62 ID:TgO+iliV
一口に識字といっても日本だと3段階あるからな

856 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/08/10(土) 11:15:24.69 ID:oYPyEHVI
西欧人の字が読めるレベル設定と日本のそれは違うからなあ。
一概に識字率高かったとは言えないんじゃない?
もちろんそれでも普通の国よりは高かったってことだろうが。

857 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/08/10(土) 11:22:06.71 ID:TgO+iliV
ヨーロッパでも公文書を書けるのはそれを仕事にしてる者くらい
比率はともかく字が読めるレベルとやらに差は無い

862 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/08/10(土) 18:57:48.97 ID:HIS5h/KI
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-7499.html
万松院殿(足利義晴)の御治世の前後では、京においてすら文字を書けるものは千人に一人も無かった。
しかし書を成すと云われる程の人は、後の世にも見られないほど見事な書を書かれた。
(義殘後覺)

864 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/08/11(日) 01:43:13.72 ID:wg9i2krs
>>848
既出
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-2309.html

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    蜀の王平とか、呉の呂蒙っちゅうかんじやね。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    一言で読み書きとは言うけれど、
    「読める」割合と「書ける」割合で
    差があることも結構あるらしいね。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    ある程度の武将なら書く方はほぼ祐筆任せだしね。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    識字率はともかく、清正も和泉も自分の不得意なことを投げ出さないでちゃんと習得したのはえらいね
    自分は不得意なことを不得意だからとほっぽりだしてる事多いです……

  5. 人間七七四年 | URL | /5lgbLzc

    >信長の時代には農民を含めて識字率かなり高かったようだね
    当時の識語率は高くても5割行かない。
    (教育環境がない上、教育させる余裕もない。子捨て姥捨て上等の時代だし)
    当時の民衆のほとんどが「皇室の事も知らなければ、年号すら、将軍が誰すらも知らない」よ。
    早馬も置かれてなければ、東北の武家が「半年遅れで」京の情勢を僅かに把握するような時代なんだぜ。
    ちなみに識語率が急上昇したのは江戸中期から。

    それにしても偉いもんだ。最近すっかり勉学する意欲が失せてきたからなあ。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    識字率に関しての「日本人、庶民でも皆文字読める」説は江戸時代位からじゃないかな?
    寺子屋文化のお陰だとは思うけど。

    また、安土桃山時代前後の日本人でも武士・商人辺りは読み書きできないと不味いから
    有る程度は読めるとは思いますが。庶民は聞かないな。
    そもそも、「読み書きできる」事と「かなは読めるけど漢字書けない」等もあるから
    一概に識字率を語る事は難しいと思う。

    この辺りに詳しい文献が結構見つからないので、詳しい人御存知なら教えて下さい。

  7. 人間七七四年 | URL | -

    どうでもいいけど、これ重複だろ

  8. 人間七七四年 | URL | -

    コピペならともかくバージョン違いに神経質になりすぎじゃないかと

  9. 人間七七四年 | URL | -

    長曽我部盛親「寺子屋と聞いて」

  10. 人間七七四年 | URL | -

    高島俊男「漢字雑談」p196から
    明治になると、国や自治体による読み書き能力調査がぽちぽちある。その初期のものに
    よって江戸期の教育程度がわかる。ルピンジャー『日本人のリテラシー』(柏書房)に、
    明治14年(1881年)長野県常盤村(今大町市)の10歳以上の男子882名を対象と
    した調査が出ている。
    左の六段にわけてある。下は人数(七人合わない理由は不明)。

    ①名前、住所、数字が読み書きできない者 312名 36%
    ②名前、住所のみを書き得る者 363名 41%
    ③日々出納帳をつけることができる者 128名 15%
    ④普通の文書が読めて、証券などの簡単な形式の文書に記入できる者 39名4%
    ⑤通常の商売のやり取りができる者 18名 2%
    ⑥布告や文書、勅令が読めて、新聞社説を充分理解しうる者 15名 2%

    ⑤は村で商業をやっている者、⑥は村役人層と見てよかろう。商売と読み書き計算能力
    とは切り離せないから、どこでも商人、商業地区の識字率は高い。村役人は文書が仕事だ
    から知識人である。
    年齢別割合も出ている。側の「名前、住所、数字が読み書きできない者」の割合は、
    30代男子(1850年代学齢期)の35%、50代男子(1830年代学齢期)の48%、
    70代男子(1810年代学齢期)の51%、とある。学齢期が早かった者ほどリテラシーが
    低いことがわかる。(中略)
    また同書に、明治10年代前後の、滋賀県と岡山県と鹿児島県の識字率調査が出ている。
    文部省が全国の府県に調査を要請したのだが、実際に調査・報告したのが三県のみであった。
    調べたのは、自分の名前が書けるかどうか、である。調査対象は六歳以上の県民男女全員で、

    大まかなところを言えば、自分の名前を書ける者の割合は、滋賀県70%、岡山県55%、
    鹿児島県25%ほどである。これは無論男女平均で、どことも男女差は大きい。
    しかし地域差のほうがもっと大きい。
    鹿児島県男子より滋賀県女子のほうが、自分の名前を書ける者の率はだいぶ高い。
    この傾向はほぼ江戸時代のままであろう。滋賀県が高いのは、街道筋であること、
    京都に近いことによると思われる。

  11. 人間七七四年 | URL | -

    農民は寺に行って坊主に読んで貰ったとか聞いたが
    いつの時代の話だったかソースが思い出せない…

  12. 人間七七四年 | URL | SFo5/nok

    よく底辺高が「名前が書けたら合格」って言われるけど、それだけでも昔から考えればすごいことなんだな

  13. 人間七七四年 | URL | -

    話はそれるけど、最近流行りのDQNネームはちゃんと読み書きできるだけですごいと感じるw

  14. 人間七七四年 | URL | B4ff.1Vc

    仮名は音をそのまま書けばいいだけだし、単語や文法を覚えたりする必要が無いから
    かなりの部分、それこそ農民層まで仮名は読めて書けたんじゃないかと思うわ。
    実際にお触れを仮名で書いてわかりやすくした、みたいな逸話もあるわけだし。

  15. 人間七七四年 | URL | -

    かなが音と対応するように改良されたのは明治以後だよ

  16. 人間七七四年 | URL | 3/VKSDZ2

    昔の識字率調査で
    ひらがなが読み書き出来たか?って史料は無いのかな

    米10の滋賀や鹿児島等での調査しか見たことが無い

  17. 人間七七四年 | URL | -

    米13
    書けはしてもパターンとして覚えてるだけで
    実際には読めてないのかも。

  18. 人間七七四年 | URL | -

    清正が文盲の武人とされてるのは後年のイメージだな

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