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井伊直政の傷・いい話

2008年12月17日 00:07

317 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/16(火) 11:48:18 ID:uHUJbZb6
つーか、この時代の「名将」の絶対条件として、記憶力のよさってのがあるよね。
良いことでも悪い事でも、一度見たら忘れない、一度聞いたら忘れないって言う、
あ、それで思い出した、これも家康だけど


家康が関東に入った頃だったかな?徳川家において最大の領地を貰ったのは井伊直政。
だが、彼は元からの譜代ではないため、家中の嫉妬を買っていた。

それを知った家康は、家中の者が皆大広間に集まった折、直政を側に呼んで、「上着を脱いでくれ」
と言った。

有名な話だが、井伊直政の体は戦場で受けた傷だらけである。徳川家の者達も改めてその、
隙間も無いほどに傷ついた上半身に感嘆した。

家康は、その傷のうち一つを指差し言った、「これは、○○の合戦で受けたものであったな」
「はい」

さらに声を重ねた「こちらの傷は○○での戦、こっちは○○の合戦の折の物…」
なんと家康は、直政の傷一つ一つについて説明を始めたのだ。

殿はこんな事まで覚えておいでになるのか。
直政は最初これにあっけにとられ、そして、家中の者達の前にもかかわらず、泣いた。
徳川家中の者達も、家康の説明する戦の記憶とともに、又、泣いた。
家康の説明もいつしか、涙声になっていた。
それは徳川家の戦いの歴史、そのものであったのだ。


全ての傷を説明し終わると、家康は皆に向かって言った

「わしの知る限り我が家中に、これだけの数の戦で体を傷つけるほど働き、又、手柄を立てた者は
直政の他おらぬ。よって、わしは直政に、最も大きい封土を任せた。それを、理解して欲しい。」


これ以降、井伊直政を妬む声は家中より無くなったと言う。




320 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/16(火) 12:08:24 ID:5TDX3ctj
>>317
本田忠勝「では、ワシも脱いでみようかのう」

321 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/16(火) 12:08:31 ID:rWbqCgz+
>>317
「この傷はわしが夜伽の際に…」
とか無かったんだろうか

322 名前:320[sage] 投稿日:2008/12/16(火) 12:11:10 ID:5TDX3ctj
>>320
本多忠勝「本田が間違っておるのう・・・。これではパーフェクトクローザーと同じ苗字で無いか!」

324 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/16(火) 12:14:36 ID:AxMWyutT
>>320
家康の論理でいくと傷を負ってない忠勝は徳川家に貢献してないってことになるなw
あっ、だから井伊と仲悪かったのか

325 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/16(火) 12:30:22 ID:yeLrS/df
>>317
三国志の周泰の逸話を元にしてるのかね。

326 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/16(火) 12:36:22 ID:J8XrLaMO
>>324
どう解釈したらそうなるんだ?
一番の禄をもらうにふさわしい槍働きと尻働きをしたというのを
傷を見せながら家臣に説明したということだろ

329 名前:人間七七四年[] 投稿日:2008/12/16(火) 14:44:44 ID:JUYfPi+b

>>325
徳川○○将というのも光武帝(もしくは仏教説話)にあやかってのことだそうだから、
その手の逸話は知ってただろうと思う
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