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このことがあったから、女子供を人質にとる風習が

2014年01月02日 18:34

10 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/01/01(水) 20:01:18.92 ID:6qnt/20+
慶長五年、石田三成は関東へ下った大名たちの妻子を人質にとり伏見城へ幽閉しようとした。
長岡の細川屋敷が、お城に近かったから、まず細川へと人質を差し出すよう使いを送った。
忠興の妻(ガラシャこと玉)は、
「夫の留守中に、女の身でお城へ登れなどとの申しつけは迷惑でございます。断ることをお許しください」
と返答し、二度目の使いにも同様に断ったが、三度目の使いから、
「承知いただけないなら、力ずくでも召し連れます」
と言い渡されると、玉は、
「しかたありません。登城いたしましょう。ただし女の身、身支度に時間がかかります。しばらくお待ちを」
と返答して屋敷内へ引き下がり、留守家老の小笠原正斎、川北某、石見某を呼び、
「わたしが主人と夫婦になったあと、父の明智光秀が不義の汚名を被る行いをしました。
主人は父に意見をなさったのですが、父がどうしても聞き入れないので、
不義の人と縁を結んでおくわけにもいかぬと、わたしを離縁なさいました。
そのうちに、父は戦乱のなか滅亡し、わたしはさらに浮き世に身の置き所がなくなるようになりました。
しかしそのとき、主人は憐れみをかけてくださり、離縁したとはいえ一度縁のあった女を不憫にしたとなれば細川の面目が立たぬ。
あの浮き世に居場所のない女人が、細川の元妻よと言われては武士の面目も立たぬゆえ、呼び戻そう
と仰せくださりとてもうれしく思いました。(1/2)

11 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/01/01(水) 20:02:54.38 ID:6qnt/20+
そして主人とわたしは男女二人の子をもうけました。このご恩は生きている間にはお返しできぬだろうと常々思っていました。
そして今、お城からの要請に従い不本意ながら登城したならば、主人へのわたしの感謝の思いが立ちません。
なおかつ、主人は徳川様にお味方なされておられるのに、妻子が人質にとられたとなれば、恩愛の絆に引かれお心変わりするかもしれません。
そのようになれば、主人に裏切り者の汚名が着せられることにもなりますでしょう。
それゆえ、主人へのご恩返しにわたしはこれより自害します。妻子が死んだと聞けば、主人は深く憤りになり無二の忠節で初志を貫けるでしょう。
覚悟を決めたなら時間を無駄にしてはなりませぬ。居間にはやく枯草を積み、わたしの自害した後に火をつけてください。
召使の者たちは、思い思いのがれてもし主人に会うことがあれば、わたしの最後をくわしくお伝えしてください」
と言い、居間へ入り、十歳の娘に事をしっかり説明したあと引き寄せて刺し殺した。
そして八歳の息子に、
「そなたは武士の子供です。腹を切りなさい」
と言うと、息子は、
「わかりました。」
と答え、肌を押し開き小さな脇差を腹に突き立てた。その小さく勇ましい姿に、苦しい目を見せるよりはとすぐに首を打ち落とした。
そうしたあと自身も自害をした。
家中の者は枯草に火をつけ、思い思いに立ち働き、火の中に飛び込み殉死する者も多かったという。
このことがあったから、女子供を人質にとる風習がなくなったとのことだ 【葉隠】(2/2)

散りぬべき時知りてこそ世の中の
花も花なれ人も人なれ
(細川ガラシャ辞世)

12 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/01/01(水) 20:07:03.12 ID:6qnt/20+
関連逸話
http://iiwarui.blog90.fc2.com/?mode=m&no=6537&cr=471d8d06b4c2f7169fde7f60df0681e9




13 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/01/02(木) 00:14:26.02 ID:/dx51KMg
いい話…?

14 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/01/02(木) 03:27:21.85 ID:oDT6Cc1d
長男の嫁御は宇喜多の屋敷に入ったんだっけ?
それと侍女の話だと石田方は稲富を連れて引き上げてるんだよね
ガラシャをはじめとした面々ははやまったのかねえ

15 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/01/02(木) 08:52:55.91 ID:oDT6Cc1d
ああ>>12はそのことだったのか
携帯からだとそこまで飛ばなかったから気づかんかった

16 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/01/02(木) 16:31:56.29 ID:9u7tv5/R
>>13
〉このことがあったから、女子供を人質にとる風習がなくなったとのことだ

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | TQl5Jic2

    稲富某「・・・ということです」
    主人某「ほう・・・で、お前は何をしてるんだ?」

  2. 人間七七四年 | URL | -

    三成がガラシャを逃がすはずがない。
    ガラシャも、忠興の足をひっぱるぐらいなら死を選ぶって人だから
    この時を生きのびたとしてもいずれは…て思う。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    カトリックだから自害できずに誰かに殺させた,というのは俺の記憶違い?

  4. 人間七七四 | URL | -

    たしか自害は禁止だったと思う

  5. 人間七七四年 | URL | -

    ※3、4

    自殺は神への重大な罪、とされているし。キリスト教を信仰する国の中には、自殺は死刑に相当する罪と明確に記してる国・地域もある(死んでいるので執行はない。自殺未遂者を逮捕出来る記述もある)。

    この考えって創成期から続いているので、(イエズス会から)どこまで当時の教徒が(正確な)教えを受けているかは分からないとしても、自殺者に神の祝福はない、くらいの教えは知っていたのでしょう。教義的には自殺者は葬儀一切どころか自殺者の死体の始末さえ罪とするものもある。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    江戸時代に妻子が江戸に住んでるのは人質じゃ?

  7. 人間七七四年 | URL | -

    戦国末期から二世代目の常朝さんが言ってるんだから、ガラシャ事件以前と以降では戦時の女子供に対する扱いがたしかに変わったんだろう

  8. 人間七七四年 | URL | -

    屋敷から城内へ収容しなくなったって事なのかな?
    それとも佐賀ではやらなくなったとか?

  9. 人間七七四年 | URL | -

    最初は大名や家老の子弟、若しくは家老そのものが証人となっていたから、それを踏まえて書かれていたんじゃ無いかな。女子供を江戸に差し置くようになったのは何時からかな?

  10. 人間七七四年 | URL | -

    子供の処分の話は初耳なんだけど

  11. 人間七七四年 | URL | -

    ※9
    秀忠の将軍就任の頃からじゃないかな

  12. 人間七七四年 | URL | -

    稲富さんは弟子達から命を惜しまれて、「大阪城で稽古を付けて欲しい」
    と嘘の誘いを受けて、出かけているうちに事が起こってしまった。
    と言う話もある模様だし、一体どれが本当なのか気になる。

  13. ゆとりある名無し | URL | -

    ※10
    ガラシャが子or孫と一緒に自害したってパターンの話はいくつかあったはず
    悲劇性を強調する為に話を盛ったんだろうか

  14. 人間七七四年 | URL | -

    イエズス会が盛った可能性もあるわけで

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