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井伊直孝の嫡子の靱負佐直滋が若年の時

2014年02月13日 19:16

517 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/02/12(水) 16:59:53.83 ID:RzyyDguE
井伊直孝の嫡子の靱負佐直滋が若年の時、父直孝が言ったのは、

「其の方に附人を申し付けようと思うのだ。家士の中から選びなさい」ということだった。
嫡子直滋は答えて「私は嫡子ですから御跡を継ぐ身です。そうであるのに、いま家士の中の
誰彼と選んだので、私が当主になった時にいま選んで残した者どもが、

『自分たちは当主の気に入っていない身だ』と思ったならば、自然と勤方も怠ることでしょう。
家士は主将の四肢です。四肢が怠る時には身は立ちませんので、私は選ぶつもりはありません。
父の御目鏡をもって誰でも御附けになってください」と、言った。

直孝を初めこれを聞く者に感心しない者はいなかった。ところが、直滋はどのような理由なのか、
その後に遁世なさった。「彦根一家中で惜しまない者はいなかった」と、家中の老人は
嘆息しつつお話しになった。

――『明良洪範』




518 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/02/13(木) 16:35:44.96 ID:bcc0dnuM
ほうほう、そんなに立派な嫡男だったのかとググったら

>>江戸城下で育ち幼少の頃から将軍徳川秀忠・家光父子に寵愛され、
>>幕臣筆頭の家柄の嫡男として何不自由なく育ったために我が強い性格で、
>>父とたびたび対立し言い争うことが多く、質素倹約を旨とした父に気に入られなかった

誰が本当の事を言ってるんだろうか

519 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/02/13(木) 17:06:25.24 ID:LEi2KN2U
親父の押しつけには嫌気がさしていたので付人つけるなら勝手にやれよ
まあ周りの目もあるし角の立たない言い方でおさめとく
と、ずーっと反抗し続けていたら廃嫡されたでござる

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    >518
    その後が酷い。

    >>家光に「直滋が家を継いだら百万石をやる」と言われたと聞き、驕らず謙虚な姿勢に徹してい>>た直孝が激怒したという話も伝わる。

    これじゃあ、あの赤鬼直孝なら廃嫡するに決まってるね・・・

  2. 人間七七四年 | URL | -

    なんか柳生さんちみたいな話だね

  3. 人間七七四年 | URL | -

    ※1
    家光の寵愛があるうちはいいけど、それが無くなった後は潰されるのが明らかだわ
    親子の確執抜きにしても廃嫡せざるを得ない

  4. 人間七七四年 | URL | -

    米1さんに近い加増がなされていたら、大久保事件の再現か
    後の正純さん辺りと同じ結果だったのではないだろうか?

    後、何気にこの廃嫡決定が後の三代直澄さんに繋がって行くのが
    歴史の楽しさであり、人には何が起こるか分からない差を感じる。

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