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「関が原 八十島かけて」

2014年02月16日 18:50

387 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/02/16(日) 16:31:48.39 ID:L5CwiN+g
石田三成家臣・八十島式部は長らく主から厚遇を受けていた。
関ヶ原の戦い当日も、八十島は三成本陣に居たのだが、
東軍勢がいよいよ迫り来るまさにその時、なにを思ったか、ただ一騎駆け出していった。
「なんだなんだ?」と皆が見守る中、
八十島はそのまま両鐙で馬の腹を思いっきり打ち、さらに速度を上げると
あっという間に何処ともなく逃亡してしまった。

おそらく呆気にとられていたであろう石田本陣。
そんな中、ある三成近臣が、古歌を引いてこう詠じてみせた。

「関が原 八十島かけて にげ出ぬと 人にはつげよ あまりにくさに」

この歌に、三成も家臣達も皆々大笑いした、ということである。

(関原軍記大成)

誰がうまい歌詠めと。ってことで、いい話にいれとく




388 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/02/16(日) 18:19:28.91 ID:VGZzl4fM
八十島って島津隊に伝令に向かったやつじゃなかったか?
馬上から伝令したとか?そんな話聞いたことあるけど
とんずらしたのはその後かな?

389 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/02/16(日) 18:34:49.33 ID:9lC7bs1m
>「関が原 八十島かけて にげ出ぬと 人にはつげよ あまりにくさに」

誰か解説してエロい人

390 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/02/16(日) 18:39:44.54 ID:3CY9DrX5
これのパロディ

http://img5.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/72/19/tefu_tefutefu/folder/1297533/img_1297533_31615652_0
img_1297533_31615652_0.jpg

391 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/02/16(日) 19:07:31.73 ID:9lC7bs1m
ああ理解した。ありがとう

392 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/02/16(日) 22:16:21.44 ID:f6D5EAro
東軍の勢いにおののいてしまったのだな

393 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/02/16(日) 23:47:28.69 ID:JYim7sGM
兵どもにおののたかむら

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    【八十島道除】
    (号・道除)。諱不明。元、石田三成臣。慶長五年、召し抱えられ五百石を給される。後、五百石加増され千石となる。書に堪能で高虎の祐筆となる。老年に及んでは昼夜高虎に咫尺して一生を終わるという。寛永元年、死去。

    こいつか?

  2. 人間七七四年 | URL | -

    相良家にも東頼兼・頼乙父子というのが御座いましてな・・・

  3. 人間七七四年 | URL | -

    元ネタの読みをそのまま当てはめると、「後の人に伝えてくれ、八十島は駆けて関ヶ原から逃げやがった!憎い奴め。」くらいに考えればいいのかな?

  4. 人間七七四年 | URL | -

    東軍に頼れる人がいて紛れ込めたのかな?
    それとも落ち武者かな?

  5. 人間七七四年 | URL | -

    確かにこうやって敵前逃亡されたままだと士気は落ちるもんな。
    結果的に西軍が負けたとはいえ、この歌を詠んだ人は手柄だわ。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    ホントこの時期は自分みたいに教養が無い人は生きにくい時代だったんだろうな
    恥ずかしながら>>390を見るまでナンノコッチャ?とか素で思ってたわ
    こういうので当意即妙に答えたり、少なくとも意味を解して笑うとかチョット無理だわ

  7. 人間七七四年 | URL | -

    秀次か小早川の旧臣かな
    蒲生浪人てことはなさそうだ

  8. 人間七七四年 | URL | ZPZR469g

    島津勢と揉めたのは八十島助左衛門。たぶん逃げたのもこの人。
    ※1の八十島道除や、同じく藤堂家に仕えた八十島庄次郎は助左衛門の子。

    ちなみに八十島助左衛門は朝倉家臣八十島道染の子の出らしい。

  9. 人間七七四年 | URL | -

    >*6 太田道灌も雨が降ってきたんでそこいらの家で簑を借りようとしたら家人から山吹の花渡されて「なにやってんのコイツ?(´・ω・`)」ってなったから大丈夫、大丈夫。

  10. 人間七七四年 | URL | -

    太田道灌の話のやつって
    七屁八屁鼻は裂けども山吹のみの一つだになきぞかなしき
    ふんばって何発も屁をかまして鼻が裂けるほど臭いのに、肝心の「み」が出てこないのが悲しい
    って汚い歌だっけ

  11. 人間七七四年 | URL | -

    士気減退とか空気が凍り付いた時に和歌で流す逸話が多いな。もう1軍に1人歌詠みがいなければいけない軍編制でもあったのか。

  12. 人間七七四年 | URL | -

    いや、笑ってる場合じゃないだろ

  13. 人間七七四年 | URL | -

    この人こんなにも堂々と戦場から撤退したのかw
    書道家としても有名なのだそうで、この人の筆「今川壁書」がそれなりの値で
    取引された模様。

    石田家の使い番として島津家へと出向いた八十島助左衛門さんにも行き成り怒られた
    訳でも、無事に陣から帰って来た訳でもなさそうですね?

    諸説ありますが、元から島津家の外交担当官だった模様。
    秀吉死去を江戸に知らせたのもこの人。

    関ヶ原の島津勢に出向いたのは2回で、最初は出陣を了承して貰って帰陣。
    それでも動かないので、再度出向いて例の失態をしでかす。
    が、激怒した豊久勢に馬から引き摺り下ろされ、締め挙げられたそうな。
    (まぁ状況が状況だったので焦ってしまったのでしょうね。)

    八十島庄次郎(四郎兵衛)は体が弱かった模様(心臓?)。
    一部ではこの人が島津勢に赴き失敗したとも言われる。
    藤堂勢の一人として、大坂の陣で真田勢の追撃戦で活躍した模様。

  14. 人間七七四年 | URL | -

    ♪ランナウェイ~
    八十島逃げた~

  15. 人間七七四年 | URL | -

    劣勢にあってもオサレなギャグで
    みんなで大笑いしたのか
    石田家中は雰囲気良さそうだなぁ

  16. 人間七七四年 | URL | -

    聞こえるか?聞こえるだろう
    島津の雄叫び
    陣の前、首を揺さぶる締める豊久
    太刀を抜き、そそり立つ姿、鬼神の証か
    伝説の島津の力、心切り裂く
    叱責が、逐電すべしの一念を呼ぶ
    震える心を抑えよ逃亡の時
    人よ命が大事だと知る
    西軍ランナウェイ助左衛門
    八十島
    西軍ランナウェイ助左衛門
    八十島

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