FC2ブログ

三七殿と称する信長の次男は

2014年03月15日 18:59

636 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/03/15(土) 15:29:40.99 ID:m5glyeEn
三七殿(織田信孝)と称する信長の次男は、ただキリシタンになるための素質のみならず、それらの
大支柱になり得る素質を備えていた。しかし後日人が変わり、後述するように極めて悲しく不運な末路を
たどることになった。

信長の多くの息子に中にあって、彼は全ての武将たちから最も好かれ、愛されていた。彼は安土の司祭や
日本人に修道士たちと交際し始め、しばしばデウスの掟について説教を聞く内に、たとえキリシタンで
あったとしてもそれ以上望み得ないほどの愛情と親近感を我らの修道院に対して抱くようになった。

彼は週に1,2度は必ず修道院に姿を見せ、ロレンソ修道士が、それに劣らぬほど頻繁に彼の家に
来訪することを希望した。また種々の贈物を度々司祭らに届け、万事において彼らに対する大いなる愛情と
親切を示した。彼は司祭らを自らの教師とみなしていると公言し、大物の武将たちの前で、深い尊敬を込めて
デウスの掟について語り、司祭らに対しては極めて恭順の意を示したので、異教徒たちは驚愕した。

彼は仏教の宗派は欺瞞と迷信であるとしてこれを軽蔑し、我らの聖なる掟だけが真理と道理にかなっており、
真理を弁えるいかなる者も、デウスの教えを聞いては未リシタンにならずにはおれぬと述べ、
多くの言葉を以ってそれを激賞した。彼自身も、いくつかの事情から延期を余儀なくされていなければ、
既にキリシタンになっていた所であり、その数名の家臣は彼の説得により、既に受洗していた。

彼は修道士にコンタツ(ロザリオ)を求め、それで祈りたいと言い、時々それを腰に帯びていた。
彼は大きな邸宅と相当の封禄を付与されていたが、時節が到来するまで、彼の父はまだいかなる国をも
与えていなかったので、父がいずれかの領地を与えるのを、当然の事として待機していたのであった。

彼は既に25歳になっていたであろう。父から気に入られ、城中の一同から愛されていた。
この若者は、父が喜ぶか、少なくとも悪く思わぬということを示唆するまでは、キリシタンになることを
留保していた。何故なら信長は、その子供たちに対しても顧慮することがなく、子供たちからさえ
恐れられていたので、進んで彼と話そうとするものはなく、誰も皆、彼の気に触るようなことは
避けるように注意していた。

三七殿は父の重臣たちと親しく交際していたが、彼らに向かっては、キリシタンになりたいと公言し、
父がそれをどう思うか知ろうとして、父がそれについて考えてくれるよう手をつくしていた。
三七殿は我らのことを母親に話していたので、彼女も2,3度説教を聞き、デウスの教えに愛着を感じていた。

ルイス・フロイス『日本史』)

ルイス・フロイスによる、織田信孝についての描写である。




637 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/03/15(土) 16:38:55.30 ID:xNY1rIaH
フロイスさんお得意の手のひら返しが怖い

638 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/03/15(土) 16:53:51.93 ID:ed+AMNJw
キリスト教はなんらかの魅力があるんだろうね
聖書は家にあるけど個人的にはなかなか読み進まない書物だ

高杉晋作が聖書を読んだときの感想が、
『「キリスト教は陽明学に似ている。我が国の分解は此を以て始まらん」
維新の志士として有名な長州の軍略家、高杉晋作は、
長崎にて始めて基督教聖書を調べて、然う叫んだ』(内村鑑三、代表的日本人より抜粋)
だそうですね。
内村鑑三がキリシタンだから信憑性は謎
ところでキリスト教ってどういう思想なの?

639 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/03/15(土) 16:58:03.46 ID:IxH71Qmz
ハビアンによれば
この世は神が創った
人間中心
魂の永遠性
が儒教、仏教、神道とちがうところとか

640 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/03/15(土) 17:02:24.35 ID:t5w+v5cY
人を殺すのは悪魔でなく神

641 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/03/15(土) 17:17:26.26 ID:ed+AMNJw
宗教ってのは行動する際の心理的な担保なのかもしれないね
陽明学なら良知とか心即理
南無阿弥陀仏なら善悪とか成否の迷いを阿弥陀仏に任せてしまうんだろう
キリスト教ならGODか…
なんでもそうだが一歩間違えると危ないな

642 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/03/15(土) 22:30:35.80 ID:Nz9Y3ylS
>>638
エキゾチックなのが良かったのかもね

スポンサーサイト





コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    高杉は維新志士なのに儒教には否定的なの?

  2. 人間七七四年 | URL | -

    米1
    この時の高杉晋作当人が分解する側なんだよ
    坂本竜馬の「洗濯」と同義

  3. 人間七七四年 | URL | Cnub/O7I

    次男か三男かを誰も突っ込まないのはさすがだな。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    武将としての器量は確かに信雄さんよりも信孝さんの方が上だと言う意見が多いですね。
    重臣達と親しくしていたけど、結果には繋がらなかったか。

  5. 人間七七四年 | URL | 3aXRcdxk

    >>1
    高杉もその師の吉田松陰も陽明学の徒だよ
    そして陽明学は儒教の一派

  6. 人間七七四年 | URL | -

    「ガチガチ」ではないし、それのみが、思想、行動の規範になっていたわけではないけどね。

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://iiwarui.blog90.fc2.com/tb.php/8316-88ea0e75
この記事へのトラックバック