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前田利家の甲冑の悪い話

2014年04月15日 18:40

981 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/04/15(火) 12:23:33.52 ID:90c4I//7
逸話とは色が異なるのと、知っている人は知っているだろうけれど、知らない方もいると思うので投下

前田利家の甲冑の悪い話

天正年代初頭、織田信長が北陸を平定すると、前田利家は尾張荒子から越前の府中へと領地替えとなった。
この異動の際に焼き打ちにより荒廃していた菩提寺の尾張荒子観音寺を再建。
利家が府中入城の折りに着けていた甲冑を同寺へと寄贈した。
『浄海雑記』

そして時は流れ昭和の50年頃、荒子観音寺の住職日置和尚は寺の倉裏の片付けの最中に、
荷物の山の中に無造作に置かれた埃にまみれた木箱の中から破損の著しい甲冑を発見した。

982 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/04/15(火) 12:26:00.57 ID:90c4I//7
「利家公由来の寺だし、価値があったらこのままにしておくのは忍びない」と日置和尚は
博物館に保存について相談をしたが、(当時は大人の事情で)預かって貰えなかった。

甲冑はそのまま寺の倉裏に置かれる事になった。

平成の世になり金沢で古文書を読みあさっていた郷土史研究家の武田茂敬氏が前田利家の甲冑について
触れられている書物を目にし、荒子観音寺に連絡を入れた事から事態が大きく動いた。

日置住職「(おそらくそれに該当する甲冑が)あります」

荒子観音寺の甲冑の箱には「前田利家公着領甲冑」と墨書で記された添え状もついていた。

甲冑は兜鉢が金属疲労で欠け、胴もバラバラであったが、傾奇者の利家のものらしく
金箔や朱の縞模様が残っていた。

結果としては日の目を見たが、歴史遺物が一度は見つかりながらも
野に埋もれたまま忘れかけられていた悪い話。





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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    前にニュースで見たわ
    荒子観音に利家が鎧を奉納したという図録があって
    その図録通りの鎧が見つかったんだよね。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    だが、それがいい
    の鎧(村井若水長頼)……じゃないのか

  3. 人間七七四年 | URL | Cnub/O7I

    倉裏…あ、庫裏のことか。

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