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1586年・天正大地震

2014年04月16日 18:55

989 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/04/16(水) 02:52:42.54 ID:k6etqqGP
本年(1586年・天正13年)に、堺と都からその周辺にかけて、極めて異常で恐るべき地震が起こった。
それはかつて人々が見聞きしたことがなく、過去の史書にも読まれた事がない程の凄まじいものであった。
というのは、日本の諸国でしばしば大地震が生じることは、さして珍しいことではないが、本年の地震は
桁外れに大きく、人々に異常な恐怖と驚愕を与えたのだ。

それは日本の11月1日のことで、我らの暦での、1月の何日かに当たるが、突如大地が振動し始め、
しかも普通の揺れ方ではなく、丁度、船が両側に揺れるように振動し、四日四晩休みなく継続した。

人々は肝をつぶし茫然自失の体に陥り、下敷きになって死ぬのを恐れ、何人も家の中に入ろうとはしなかった。
というのは、堺の市だけで30以上のグドンイス(倉庫)が倒壊し、15ないし20名が死んだはずだからである。

その後40日間、地震は中断した形で日々が過ぎたが、その間1日として振動を伴わない日はなく、
身の毛のよだつような恐ろしい轟音が地底から発していた。
地震がもたらした被害は甚大で、破壊された町村は数知れず、その参上は信じがたいばかりであった。
ここでは、それらの目撃者が後日、司祭たちに語った主なものだけを述べることにする。

近江国では、過去、関白殿(豊臣秀吉)が信長に仕えていた頃に居住していた長浜という城のある土地に、
人家千戸を数える町があった。そこでは地震が起こると大地が割れ、家屋の半ばと多数の人々が
飲み込まれてしまい、残りの半分の家屋は、その同じ瞬間の炎上し灰燼に帰した。その火が天から来たものか、
人間技によるものか知る者は居ない。

都では若干の家屋と、壬生の堂と称せられる大きいテンプロ(社)が倒れた。我らのカーザス(修道院)は
高い建物であったので危険に晒され、キリシタンたちは倒壊しないかと大いに危惧したが、頑丈に
出来ていたので、我らの主なるデウスは保持されることを望み給うた。とは言えそれは他の家屋同様に、
左右の振動を免れ得なかった。

若狭国には海に沿って、やはり長浜と称する別の大きな町があった。そこには多数の人々が出入りし、
盛んに商売が行われていた。
人々の大いなる恐怖と驚愕の内にその地が数日間揺れ動いた後、海が荒れ立ち、高い山にも似た大波が
遠くから恐るべき唸りを発しながら猛烈な勢いでその町に襲いかかり、ほとんど痕跡を留めないまでに
破壊してしまった。高潮が引き返す時には、大量の家屋と男女の人々を連れ去り、その地は塩水の
泡だらけとなって、一切のものが海に飲み込まれてしまった。

美濃国には日本でも極めて著名な一城がある。同城にはかつて我らの同僚たる一司祭がいて、幾人かの
キリシタンを作っていた。その城は山上にあったが、地震が始まると城と山は下方に崩れ落ちて、その跡には
一面の湖が残るのみとなった。(おそらくは飛騨の帰雲城の事)
伊勢国にも大異変があって、この度の地震とその驚愕すべき破壊の中には、亀山と称する城の倒壊も
混じっていた。
これら上記の諸国では巨大な口を開いた地割れが生じ、万人に恐怖をもたらした。その割れ目からは黒色を
帯びた泥上のものが立ち上り、酷く、かつ忌むべき臭気を放ち、そこを通行するものには耐え難いほどであった。

これらの地震が起こった当初、関白(秀吉)は、かつて明智光秀の物であった近江の湖のほとりの坂本城に居た。
だが彼は、その時に手がけていた一切のことを放棄し、馬を乗り継ぎ、飛ぶようにして大阪へ避難した。
そこは彼には最も安全な場所と思えたからである。

関白の新しい建物と城は、酷く揺れはしたが倒壊するには至らなかった。
関白は大地の振動が4日も継続し人々の恐怖と驚愕が鎮まらぬ間、奥方及び自分の婦人たちを伴って
カーザ(館)を出、御殿の中の黄金の屏風で囲まれた、ある場所に身をおいた。
その大阪では関白の弟の美濃殿(豊臣秀長)の館が倒壊したが、その館はすこぶる頑丈、後代、かつ美しい
物であったから、倒壊するなどとはとても考えられないことであった。

この地震が続いた間、及びその後の数日間はこの話で持ちきりで、異教徒たちは日々目撃することや、遠隔の地の
惨状を耳にする度に、言いようもない恐怖に打ちのめされた。だがその後、ごく僅かな月日を経てからは、
まるで何事も無かったかのように、地震について話したり思い出したりするものはいなくなった。

ルイス・フロイス『日本史』)

フロイスの日本史における、天正大地震についての記載である。




990 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/04/16(水) 10:34:51.04 ID:h9d3RSdp
>四日四晩休みなく継続

東日本で2~3分間、南海トラフ地震で予想8分なのに
どんだけ揺れてるんだよ

991 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/04/16(水) 11:27:11.30 ID:GhWfMWh5
丸一日揺れ体感できないようになるまでを一つの地震として考えてたとか?

992 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/04/16(水) 11:33:13.42 ID:yt/GKHlU
普通に余震込みつー事だろ

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | ZPZR469g

    10分おきに余震がやってきたら一晩中揺れてると書くのと同じことと思う。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    推定でMw7.9から8.0らしいけど、それくらいの地震が
    短時間に連動したという説もあるらしいから、ふかしの
    フロイスも嘘は書いていないのでは?

  3. 人間七七四年 | URL | XPh8VFiw

    黄金の屏風で囲まれた空間ってあのゴールデン茶室かな? 建材が軽い茶室を地震の際貴人の避難所に充てるというのはこの時が発祥なんだろうか?

  4. 人間七七四年 | URL | TQl5Jic2

    地割れのあと出てきたものってなんなんだろう

  5. 人間七七四年 | URL | -

    ※4
    アンコクトン・ジツ

  6. 人間七七四年 | URL | -

    日にちが経てば話題にもならないとか、今の日本人と変わらないな。

  7. 人間七七四年 | URL | -

    よくあることだからな

  8. 人間七七四年 | URL | -

    よね姫が亡くなった地震だよね

  9. 人間七七四年 | URL | Cnub/O7I

    フロイスが物事を大袈裟に書き記すのも「よくあること」。

  10. 人間七七四年 | URL | -

    ※4
    可能性がありそうなのは泥炭かな
    さすがに石油って事はなさそう。

  11. 人間七七四年 | URL | -

    ※9
    いいえ、違います

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