FC2ブログ

黒田長政、関ヶ原の古戦場にて

2014年04月25日 18:46

839 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/04/24(木) 19:06:42.28 ID:4Mkt4lor
元和9年7月、大御所徳川秀忠公、将軍家光公の上洛があり、黒田長政・忠之親子は、
御先に上洛したいという旨を申し上げ、土井利勝を上使として、御暇を賜った。
黒田親子はすぐに御礼として江戸城に登城すると、親子ともども、御太刀を下された。
この時、木曽路を通って上洛したいということを、土井利勝を通じて言上したところ、
『心のままにせよ』と赦されたため、親子共に、東山道を上ることとなった。
またこの時、松浦肥前守久信もこれに同道した。

長政は、美濃国合渡川の傍で忠之、松浦久信を待ち受け、ここに暫く留まり、二人に、
先年の岐阜城攻めの折、大垣の城の敵方が後攻めをしようとして大勢が川向うに備えていたのを、
長政がここを渡り、合戦して追い崩し、勝利を得たこと。田中、藤堂など諸将が渡川した場所、
戦いの形勢など、たった今、目の当たりに見るように詳しく語った。
これには付き従った者達まで、志あるものは耳を傾けて聞いたそうである。

このあたりの領主であった竹中丹後守重門は、その子である権之佐を迎えとして合渡川まで参らせた。
その夜は竹中氏の居館のある岩出という場所に宿泊した。
ここでは竹中重門自身が接待をした。

翌日、岩手を出て関ヶ原に至った。ここでは、また先年、家康公の先手として陣し、西軍の大敵と
大いに戦い、天下泰平の礎を作り上げた場所であったので、「若年の人に教学の為に」と、
忠之にその時の戦の有り様、地形、方角を、指さしながら詳細に語り聞かせた。
これに、付き従う士卒たちも、ただただ心耳を澄ますばかりであった。

長政はここで時刻を過ごし、いにしえの戦場に感じ入り、昔を恋しく思って落涙された。
心ある人中には、これを見て共に涙を落とす者もあった。

後で思い返してみれば、この時黒田長政は既に年老いて、しかも病を患っていたので、
もう一度ここを通りたいと思い、今回は忠之を伴って、こうしてここを見せ、語り置かれたのであろう。

(黒田家譜)

黒田長政、息子に関ヶ原の古戦場にて自分の戦いを語り聞かせる、という逸話である。




840 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/04/24(木) 20:34:53.12 ID:ZKXY3hr0
熱く語る長政と興味無さそうに適当に相槌打つ忠之の姿が目に浮かぶようだ。

841 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/04/24(木) 23:31:27.99 ID:zogf4qTm
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-5662.html
この話か

842 名前:人間七七四年[] 投稿日:2014/04/25(金) 08:52:47.72 ID:PicnZp9z
幼馴染との邂逅ってやつですかね~

848 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/04/25(金) 20:26:11.04 ID:KnPSQksW
> 付き従う士卒たちも、ただただ心耳を澄ますばかりであった。

もう当時を知らない若者ばかりになってたんだろうと思うと何とも寂しい話だ

スポンサーサイト





コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    普通にいい話だと思ったのに心がねじまがった>>840のせいで台無しだwww

  2. 人間七七四年 | URL | -

    この前のヒストリアといい家臣団といい>>840といい
    NGMSはディスられるのがさだめか
    (ヒストリアは下げまくったあと上げてたけど)

  3. 人間七七四年 | URL | -

    ※2
    NGMSだからさ(CVシャア)

  4. 人間七七四年 | URL | -

    反応しづらい
    逸話を語る逸話ってとこか?

  5. 人間七七四年 | URL | -

    年取ってくると自分が体験したことを若い人に伝えたくなる。自己顕示欲があるのは否定出来ないけど、同時に親身に大事な経験則を伝えてあげたい気持ちが大きい。自分も若い時に”年寄りの戯言”と笑っていたけど”こういう失敗には気をつけろ”ってキチンと聞いとけば良かったなぁと後悔している。
    長政さんも同じ気持だったんじゃないかな。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    この前のヒストリア(殆ど毎回だけど)は酷かったね。余りに酷過ぎるよ。
    親父の責任すら長政に擦り付けるってあんまりだよ。
    出てくる地元歴史家も、そりゃ戦の相手側を研究してたら長政をボロクソに言うわw

    ヒストリア自体のスタンスが「小難しい歴史を簡単に見せる為」とは云え、毎回ろくな
    言葉の表現や演出を使わないから、必要以上に駄目っぷりが出てて共感出来なかった。

  7. 人間七七四年 | URL | -

    まさか円谷のスタッフもゴモラが長政に例えられるとは思ってもみなかっただろう

  8. 人間七七四年 | URL | -

    先日のヒストリアは稀に見るクソっぷりだったな。後でメールで苦情言ってこよう。
    百歩譲って長政や又兵衛は最終的にageられてたから許すけど、
    官兵衛はなんか「無神経で無責任な父親」みたいな扱いでハア?ってなったわ
    実子を放り出して他所から連れてきた子を可愛がるとか、N○Kはいつまで昔の俗説信じてんだよ…

    ヒストリアは普段好きな番組だけど、時々こういう強引な構成ぶちかましてくるのが嫌だ。
    今のところ大河でここまで露骨なsageはないけど、
    ドラマでも「長政はダメな奴」「官兵衛は嫌な父親」描写があったら許せんな…
    イケメン秀忠が真性クズだった前例もあるし、長政役が桃李とはいえ油断できない

  9. 人間七七四年 | URL | -

    ヒストリアそんなに酷かったのですか?先週コヤブ歴史堂で黒田官兵衛があったので、
    5月のGW明けに2つまとめて見ようと録ってたのに。そんなに酷いなら
    見ないで消そうかな。(GWそれなに?おいしいの?)
    コヤブ歴史堂は書き間違いではないです。こちらでは毛利元就でなく黒田官兵衛でした…
    島津義弘、松永久秀、吉川経家の回の時に歴史堂の放送を知りましたが、
    余裕で初回の放送見ることができましたよ…

  10. 人間七七四年 | URL | -

    黒田長政の回なのに内容の3分の1が後藤又兵衛にあてていた時点でもう…内容なんて…
    「猪武者から名君への成長物語」なんて内容じゃなく
    「有能な父親を持った凡庸な2代目の苦労」に焦点を置くべきだったんじゃないかと。

  11. 人間七七四年 | URL | -

    ※5
    今の自分の存立基盤が歴史と無関係でないこと、歳とらないとわからないものだよな。

    ※9
    他人の言葉じゃなくて自分で見て判断すればいいじゃない。

  12. 人間七七四年 | URL | 7JrW83ks

    幼少期のことは又兵衛の墓の前で長政には縁もゆかりも無い鳥取の郷土史家に
    宇都宮謀殺のことは宇都宮氏研究家に
    又兵衛が出奔したあたりの話は後藤家の子孫の人に
    インタビューしてるもんだからどの人も長政を褒めるわけない

  13. 人間七七四年 | URL | -

    >10さん
    ありがとうございます。
    >「有能な父親を持った凡庸な2代目の苦労」に焦点
    本当にその方がいいですね。内容の3分の1が後藤又兵衛ってもう
    長政の回ではないですね。

    >11さん
    ありがとうございます。
    自分でも見て確認して判断しますね。

  14. 人間七七四年 | URL | -

    そもそも長政の何処を見れば凡庸なんだ?www
    家臣達から弄られる所か?息子の教育に失敗した所か?
    戦国武将にしては情を見せ易い所か?

  15. 人間七七四年 | URL | -

    ※14
    どうせマスコミは人物像を「創る」んだから
    凡庸にしたいと思えば凡庸になるんだよ

  16. 人間七七四年 | URL | -

    ※14
    長政単独で見たら間違いなく非凡な人なんだけど、
    (特にそういう人たちは)官兵衛というフィルターをかけて見てしまうからじゃないかなと。

    あとは黒田家譜で又兵衛・太兵衛あたりが長政にあれこれ言うやりとりがやたら載っているせいかなと。

  17. 人間七七四年 | URL | -

    もし長政レベルが凡庸なら、あの時代の武将達の殆どが凡庸になるねw
    特に同僚たる織田・豊臣系武将達は全員が当て嵌まっちゃうね。

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://iiwarui.blog90.fc2.com/tb.php/8430-b064c021
この記事へのトラックバック