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弾正は面目を失い

2014年05月31日 18:50

408 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/05/31(土) 12:05:33.80 ID:qPkaGCcv
永禄の年に信長は義兵を挙げて以来、上方が治まる以前には松永弾正を味方にしていたが、
今では松永と石山本願寺を破らなければ上方は平穏にならないため、松永を滅ぼそうとした。
とはいえ、味方に降った者をこちらから裏切るわけにもいかないので、松永の方から裏切らせようとした。
天正四年、近江の安土城ができあがったので信長はそこへ移った。
翌五年、松永が安土に参上した時、徳川家康も来ていた。
信長が弾正に向かって言うには
「この人は東国の名将である。武田信玄を抑えて西へ攻めさせず、その子の勝頼を長篠で破り、
 威を関東に勢力を振るっている良将である。」
家康に向かって言うには
「この人は松永弾正である。この人も忍びがたいことを忍んで自分に仕えている人だ。
 先年、公方の義輝公を殺し奉り、我が恩の深い三好家を滅ぼし、奈良の大仏殿を焼いた。
 この三逆はなかなか人にはできないことである。弾正ひとりがそれをしたのだ。」
と言うと、弾正は平伏し、面目を失い、恥と憤りで汗を流した。
松永は城から帰る途中、小幡・伏見の里に狼煙をあげ、大坂の付城の兵を率いて大和の信貴山城に立てこもった。

(「南海治乱記」)

良く知られている話のバージョン違い




410 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/05/31(土) 13:38:20.04 ID:GtIDfYjM
現代のイメージだと「お前が言うか...」って感じだけど、当時は信長も有徳者みたいに捉えられてたの?

411 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/05/31(土) 13:44:44.33 ID:i34/S51m
逆に考えるんだ。その信長がdisれるのは我らが松永弾正様くらいだと

412 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/05/31(土) 14:32:15.45 ID:+gZ6MOp6
本人はウイットのきいたジョークのつもりだったのかも知れないぞw

413 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/05/31(土) 15:00:10.80 ID:nEmR+ix8
ノブのことだから本気で褒めてたのかもよ

414 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/05/31(土) 15:03:36.56 ID:OCh1ny9R
信長「やったッ!!さすが松永弾正! おれたちに出来ないことを平然とやってのけるッ!」
家康「そこにシビれる! あこがれるゥ!」

こうですか?わかりません

415 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/05/31(土) 16:34:47.31 ID:s6qERx+A
>>410
基本的には

416 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/05/31(土) 18:24:52.57 ID:nWoQ+zuf
容赦なさすぎて笑えるw

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    >>410
    松永の悪事と、信長のズケズケ言う性格を表現したいのであって、
    信長に言う資格があるかとかは眼目じゃない。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    徳川実紀だと、これに追記されてて、家康が久秀に優しく声をかけて久秀が感激したって話になる。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    ※2
    全然信用ならないが、家康だと計算ずくでやりそうなのがw

  4. 人間七七四年 | URL | -

    そして別になんとも思ってないけど表向き感激してみせる弾正さんという塩梅やな

  5. ※2 | URL | -

    >>※3-4
    まあ、将軍のための教科書みたいなもんだし、「こうやって礼節は尽くさなければなりませんよ」的な付け加えとでも思っておけばいいでしょ。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    夢のないことを

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