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幻の東国寺

2014年06月05日 18:56

82 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/04(水) 19:54:47.23 ID:8o5FeML3
幻の東国寺

秩父の小鹿野町に、権現堂原と呼ばれる丘がある。
元はここに東国寺という、大きな修験道場があったと言われているが、
永禄12年、甲斐の武田軍が秩父に侵入し、寺社に対して焼き打ちを行った際に、
東国寺も戦火に遭い、幻の寺となってしまった。
村人たちは、燃え上がる東国寺をただ唖然と見つめているしかなかった。
その焼き打ちの際、武田軍の「風林火山」の旗にも火が燃え移りそうになったので、
近くの池に旗を浸してはまた旗を押し立てていたという。
寺を焼いて勢いづいた武田軍であったが、寺の焼け跡に立ち尽くす村人たちを見ると、
流石に気がとがめた。

そこで武田軍は、
「武田の天下になった時には、必ず立派な寺を立ててやろう。その証だ。」
と言って幟旗を池のほとりに埋めて立ち去ったという。この旗を埋めた塚は「旗塚」と呼ばれるようになった。

その当時、秩父を治めていた鉢形城主・北条氏邦は信仰心に厚く、寺社の修理や再建を行っていた。
この氏邦には東国丸という名の息子がいたが、惜しくも早死してしまった。
息子を失って嘆き悲しんでいた氏邦は、同じ名前を持つ東国寺が焼き払われたと聞き、
今の寄居町(鉢形城下)へ再建し、下吉田赤柴の金剛院4世・酒雲全伯和尚を招いて、東国丸の冥福を祈ったという。


「秩父の伝説」




83 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/05(木) 07:06:50.75 ID:dNlZtKzI
村人「あの、ここ、ここへは誰も何も建ててくれないの、、、」

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    俺の実家も勝頼の武田軍に焼き打ちされたと記録残ってる
    ちな遠江

    絶対にゆるさない
    小山田が裏切るように呪いかけといた

  2. 人間七七四年 | URL | -

    戦場付近は放火されるの当然なんだよなぁ
    嫌なら禁制出してもらえっていう

  3. 人間七七四年 | URL | -

    ある意味、村人は命があっただけ良かったのでは?
    まぁ結局、武田家による再建はしてはくれなかったんだろうし。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    >2
    禁制出してもらえようがもらえなかろうが略奪に走る連中はいる

  5. 人間七七四年 | URL | -

    関東的には武田よりも上杉の方がヤバイんだよなあ

  6. 人間七七四年 | URL | -

    ※4
    んな事言ったら政治もクソも無いわw

  7. 人間七七四年 | URL | -

    ※6

    どこかの御曹司ではあるまいし、戦争中に戦後の政治を考えたら戦争に負けるよ?

  8. 人間七七四年 | URL | -

    ※6
    一向門徒「退去したのに信長さんが鉄砲構えて待ってました。」
    (約束しようが禁止しようが、当時は普通にやる奴はやりますよ)

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