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船場要害

2014年07月03日 19:03

613 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/07/03(木) 16:34:11.67 ID:A2gfpS0G
大阪冬の陣が始まろうという時、豊臣方では急ぎ籠城の準備を進めた。
大阪・堺の弾薬兵糧を尽く買い取り、人馬に息をも継がせず急ぎ城中へ運び入れた。
また諸卒が手分けをして、天満船場の材木を運び入れ、四方の惣門構を厳密に調えた。
その持ち口をそれぞれ割り当てて、家々の旗を立て、南方には塀裏八間に鉄砲十丁づつにて
固めれば、いかなる天魔鬼神であっても、破られるようには見えなかった。

ここで大野主馬は、船場の町を要害に構えて敵を待受けるべしと主張した。
しかし、青木民部少輔、伊藤丹後守らを始めとした心ある武士たちは、

「籠城の範囲があまりに広ければ持ちあぐむものだ。それに天下の兵を引き受けての
戦いであるのだから、一体何時まで持ちこたえればよいかという、限りを測ることが出来ない。
である以上、兵糧を費やす町人たちは外へと追いだすべきだ。」

このように忠告したが、主馬はこのような意見を聞き入れず、自分の思うがまま、船場の広い街に
塀をかけて、町人たちを伴ってこの地に要害を構えた。

(秀頼事記)

大野主馬、青木らの籠城についての意見を聞かず、というお話。



614 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/07/03(木) 21:15:46.81 ID:sbueFOwP
豊臣縁故の大名が軒並み拒絶の中
安井道頓のように町人衆の中に
「前右大臣様の御為じゃーい」と積極的に動く連中がいて
それらの熱気にあてられたのだと思えば
大野主馬の気持ちもちょっとわかる気がする。

615 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/07/03(木) 22:36:07.38 ID:XVuJy8Vh
豊臣恩顧と言いたかったのだろうか

617 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/07/04(金) 10:48:03.17 ID:FPBLgeCY
>>614
金春太夫も大坂に篭城してたよねえ

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    一度、退ける事があたうならば、後はどうとでも………ならなかった

  2. 人間七七四年 | URL | -

    そういや大坂城の中に田はなかったのだろうか

  3. 人間七七四年 | URL | -

    作戦に失敗した大野治房の抗弁

    「頭が…真っ白になって…」(ささやき)

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