647 名前:人間七七四年[] 投稿日:2014/07/08(火) 21:40:26.38 ID:qdGf8z75
上野に尻高左馬助義隆という人物がいた。
当時上野は武田氏の勢力下で、上杉派の左馬助は孤立無援状態だった。
天正8年、とうとう武田軍が大軍で攻め寄せてきた。
しばらく戦った後、武田軍が城内に矢文を射込ませ、城主の自決を条件に降伏をすすめてきた。
左馬助はこれを受け入れ、城兵に「長い間、某のために命を捨てて働いてくれたのに対し、
いささかの報いるところも出来ず無念であるが、今は容赦願いたい」と、それぞれに褒美を与え、
城の内外を掃除させて郷里に帰した。そして最後に左馬助も10人ばかりの部下と城を出た。
道々では猿ヶ京の住民が涙を流して見送り「ご最期を見届け申したい」と言ってきたが、
左馬助は検視の者に遠慮してこれを断った。また途中で神社や寺に寄って後生菩提を祈願しつつ、
恕林寺に使いをやり「武運尽きて切腹するためにここまで参上した。
御寺の庭をお貸しください」と申し入れた。
住職の春朝は左馬助の縁者だったのでこれを受け入れ、左馬助やその部下を厚くもてなし馳走した。
春朝が「(自決することで)みんなの身代わりとなろうとする気持ちがいたわしい」と涙を流したので、
左馬助も竹筒に入った酒を取り出して、別れの盃を取り交わしてあとあとの事を遺言したりして
思わず時を過ごした。
すると左馬助の最期を見届けようと寺を囲んでいた武田軍がこれを見て
「気おくれしたか左馬助、見苦しいぞ!」と嘲笑してきた。
それを聞いた左馬助、「いざ剛の者の最期を見よ!」と武器を取ると寺より踊り出でて
見物していた武田軍に襲い掛かった。さらに供の部下たちもこれを見て同様に襲い掛かった。
だが、所詮は多勢に無勢。左馬助は傷つき疲れ果てて、最後は寺の内に戻ると念仏を唱えて切腹した。
部下もこれに続き、全員が自決したという。
美しい自決劇かと思いきや、余計なひと言でめちゃくちゃになってしまったちょっと悪い話。
ちなみに春朝は、寺内に薪を積み上げて火を放ち、寺が焼け落ちるどさくさに紛れて脱出したという。
『上毛古戦記』より
648 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/07/08(火) 22:13:26.56 ID:qdGf8z75
ちなみに『上毛古戦記』(みやま文庫/編 みやま文庫 1966)は国立国会図書館でデジタル化されている
(ただし国立国会図書館/図書館送信参加館内公開)ため、お近くの県立や大規模市立図書館で見ることができます。
上野に尻高左馬助義隆という人物がいた。
当時上野は武田氏の勢力下で、上杉派の左馬助は孤立無援状態だった。
天正8年、とうとう武田軍が大軍で攻め寄せてきた。
しばらく戦った後、武田軍が城内に矢文を射込ませ、城主の自決を条件に降伏をすすめてきた。
左馬助はこれを受け入れ、城兵に「長い間、某のために命を捨てて働いてくれたのに対し、
いささかの報いるところも出来ず無念であるが、今は容赦願いたい」と、それぞれに褒美を与え、
城の内外を掃除させて郷里に帰した。そして最後に左馬助も10人ばかりの部下と城を出た。
道々では猿ヶ京の住民が涙を流して見送り「ご最期を見届け申したい」と言ってきたが、
左馬助は検視の者に遠慮してこれを断った。また途中で神社や寺に寄って後生菩提を祈願しつつ、
恕林寺に使いをやり「武運尽きて切腹するためにここまで参上した。
御寺の庭をお貸しください」と申し入れた。
住職の春朝は左馬助の縁者だったのでこれを受け入れ、左馬助やその部下を厚くもてなし馳走した。
春朝が「(自決することで)みんなの身代わりとなろうとする気持ちがいたわしい」と涙を流したので、
左馬助も竹筒に入った酒を取り出して、別れの盃を取り交わしてあとあとの事を遺言したりして
思わず時を過ごした。
すると左馬助の最期を見届けようと寺を囲んでいた武田軍がこれを見て
「気おくれしたか左馬助、見苦しいぞ!」と嘲笑してきた。
それを聞いた左馬助、「いざ剛の者の最期を見よ!」と武器を取ると寺より踊り出でて
見物していた武田軍に襲い掛かった。さらに供の部下たちもこれを見て同様に襲い掛かった。
だが、所詮は多勢に無勢。左馬助は傷つき疲れ果てて、最後は寺の内に戻ると念仏を唱えて切腹した。
部下もこれに続き、全員が自決したという。
美しい自決劇かと思いきや、余計なひと言でめちゃくちゃになってしまったちょっと悪い話。
ちなみに春朝は、寺内に薪を積み上げて火を放ち、寺が焼け落ちるどさくさに紛れて脱出したという。
『上毛古戦記』より
648 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/07/08(火) 22:13:26.56 ID:qdGf8z75
ちなみに『上毛古戦記』(みやま文庫/編 みやま文庫 1966)は国立国会図書館でデジタル化されている
(ただし国立国会図書館/図書館送信参加館内公開)ため、お近くの県立や大規模市立図書館で見ることができます。
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コメント
人間七七四年 | URL | -
「尻」高「義隆」…
( 2014年07月09日 20:05 )
人間七七四年 | URL | -
ムリヤリ大内さんや大崎さんと絡めないでやってくださいな
( 2014年07月09日 20:19 )
人間七七四年 | URL | -
なんとなく気持ちがわかるw せっかく覚悟を決めてある意味気持ちが昂ぶっている(緊張している)時に余計なチャチャ入れられると切れたくなる
( 2014年07月09日 23:26 )
人間七七四年 | URL | -
時間は掛かったんだろうが武田軍って品がないなぁ
( 2014年07月09日 23:41 )
人間七七四年 | URL | -
武田側としては、さっさと腹切らせてケリを付けたい。
尻高側としては、最後はしっかりして終わりたい。
その違いがあの言葉で出たのかな。そりゃ尻高側としては最後の最後に
無礼な事をされれば、武士としては切り込むでしょう。
( 2014年07月10日 13:45 )
人間七七四年 | URL | -
孕石、乳井、尻高とかアレな苗字が順調に集まってきてるな
( 2014年07月10日 15:04 )
人間七七四年 | URL | -
この時の武田方の大将は真田ババなのね
年代的に尻高氏は北条氏に属していたのが正しいようだけど、
父親の景家の逸話と年月重ねるうちに混ざったのかな
( 2014年07月10日 15:44 )
名無しさん@ニュース2ch | URL | -
多勢に無勢でも戻れて切腹できたんなら武家らしい義隆さんだな
( 2014年07月10日 18:36 )
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