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由良成繁、弱小大名の生きる術・いい話

2009年01月01日 00:22

689 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/31(水) 05:03:45 ID:hdnF34KC
いい話というか弱小大名の生きる術を

上野国に由良成繁という戦国大名が居た
元は(新田)金山城主の若松氏の家臣であったが、
若松氏を討ち果たし、城を占領して下剋上でのし上がった戦国大名である
しかし周りには上杉氏やら古河足利氏、
一たび西を向けば武田氏で南には北条氏と
周囲を強敵に囲まれて大変苦しい状況だった
そこで成繁は上杉氏に従い、領土を維持していたが
謙信は関東の諸大名がしきりに越山を求めているのに
中々これに応じようとはしない
例え了解して遥々三国峠を越えて越山してもとっとと帰ってしまう
次第に関東の諸大名・豪族は上杉謙信に失望してゆき、
また由良成繁もこの中に漏れなかった
やがて成繁は上杉謙信を見限って北条氏に属すようになった
それに大激怒したのが当の裏切られた上杉謙信
成繁の治める金山(かなやま)城は重要な要衝で、
当の謙信も成繁のことを信頼していたため、
本当に成繁が北条方に寝返ったのか、何度も佐竹に情報の正誤を
確認する書状を送っている

しかし上杉を見限ってよいよ北条に味方した成繁ですが、
もしも上杉謙信が再び関東に越山して真っ先に狙われるのは自分
以前自分と同じように上杉を見限って北条に属したすぐ近くの佐野氏も、
居城の唐沢山城を謙信に攻撃されて幾度と無く窮地に陥っています
なんとか謙信の目を自分以外に向ける方向はないか…
成繁はしきりに思案します
そしてしばらく経った後、関東に激震が走ります
長年敵対してきたあの上杉謙信と北条氏康が手を結んだのというのだからさあ大変
勿論この同盟の締結に手を尽くしたのは成繁
「敵として狙われるなら、味方になればいいじゃない」
の如くこの同盟の締結のために東西奔走し巧みな外交手腕で見事実現に至らせることができます

その後由良氏は周囲を強敵に囲まれながらも御家をなんとか存続
御家は明治維新まで士族としてちゃんと続いていったんだそうな

※ちなみに三男の渡瀬繁詮は三好秀次に仕えて遠江横須賀3万石を領している
しかし秀次切腹事件に連座して繁詮も切腹
その後を継いだのは有馬豊氏でした
ちなみにその豊氏は後に筑後久留米21万石など破格の出世をしています
もし連座して切腹していなければ繁詮がこの領地を…?なんて…、ね




690 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/31(水) 05:21:37 ID:yZIjTRuZ
>>689
若松じゃなくて岩松じゃない?

694 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/31(水) 13:21:37 ID:U0osLOdS
しかし「関東管領なのに」関東支配を目論む北条氏と越相同盟したせいで、
関東の国人や反北条方の大名にめっさ疑われて勢威を落とした謙信。

挙げ句に、北条から養子という名の人質に入れた三郎を妙に気に入って景虎名乗らせるは、
自分の死後は甥っ子景勝と三郎景虎が内乱おっ始めて上杉家ガタガタ。北陸を織田に切り取られるは。


>>689うぉ、さいご有馬記念に繋がったぞ w
マツリダゴッホ…゙ゴッホはいずこにおはす!?…コネーー!!('A`)ーー
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    あ、うちの先祖……の主君だ。

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