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安藤帯刀「あのように諸役人を遇するのは」

2014年09月25日 18:50

874 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/09/25(木) 02:48:25.51 ID:HBI3MB18
徳川家康が駿河において、その十男徳川頼宣の邸へのお渡りが行われる事となった。
その頃土井大炊頭利勝は未だ家康のお側近くに使えており、家康より「今度の事で頼宣邸に先に向かい、
頼宣の家老・安藤帯刀直次が準備を指揮する様子を見学するように。」と仰せ付けられ、利勝は
毎日出向しその様子を見た。

ところが頼宣邸では、諸役人が帯刀の前に出て「この事はどうしましょうか?」と議する時、
帯刀が自分の意に適うことはそのまま了承し、そうでない事には「いや、それは良くない」とだけ
言って、内容について何の指示もしなかった。よってその者は同僚と重ねて相談し合った上で再び
帯刀の前に出てこれを伺うが、また意に適わない内容であれば幾度も前のようにし、終に納得すると
これを許諾した。

利勝は帯刀にこのように感想を漏らした
「私が思うに、物を問われたのに『良くない』とばかり言うよりも、直に『このようにせよ』と指揮したほうが
物事も早く終わるのではないでしょうか?」

帯刀これを聞いて
「私は犬馬の歳もすでに長けて、後はもう死ぬだけです。あのように諸役人を遇するのは、
まだ若き殿に、人物を作っておいて進ぜたいためなのです。

私の指示を受けてさえいれば済むと思ってしまえば、人々は何事も思慮を用いず、万事未熟のままで、
良き人物は出来ないものです。」

利勝はこの言葉に大いに感じ入り、「これが家康公が見習えと仰せになったことなのだ。」と気付いた。
そして後々機務を司るようになると、下僚より質問があった時、我が意に敵わない時は
「それはそうかもしれないけど、他に何かやり方がないかな?同僚と相談してもう一度言いに来て。
同僚と話し合いできないのなら、親族か家臣とも相談してみなさい。」
そうしていよいよ議論を重ねて、理にかなう内容になれば
「いかにも尤もである。その通りに行うように。」と言ったという。

(古諺記)



875 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/09/25(木) 11:42:59.89 ID:ZTk2Q6/A
土井にしても安藤のやった事をそのまま引き写したわけではないのが
またいい話だなと思う

876 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/09/26(金) 22:05:15.59 ID:PSfpCP45
>>874
>私の指示を受けてさえいれば済むと思ってしまえば、人々は何事も思慮を用いず、万事未熟のままで、

ジャン・リュック・ピカード大佐の組織論かよ

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    会社や役所での人材育成術の初歩だな
    「小牧・長久手の戦い」のエピソードだけだと武辺者のイメージだけど、けっこうきめ細かい性格だったんだろうね=直次

  2. 人間七七四年 | URL | -

    安藤さんはいぶし銀の魅力だな

  3. 人間七七四年 | URL | /XlxNsWI

    土井さん親切だなぁ……

  4. 人間七七四年 | URL | -

    諸葛亮「ほかにやることはないのですか」

  5. 人間七七四年 | URL | -

    安藤さんはアレさえ無ければな

  6. 人間七七四年 | URL | -

    NO出すなら理由も言わないとダメだろ

  7. 人間七七四年 | URL | -

    >5さん
    >安藤さんはアレさえ無ければな

    アレってなんですか?

  8. 人間七七四年 | URL | -

    万千代「ああアレですね」

    故・重能「私に対するアレですか」

    南龍公「膝のアレのことですかね」

  9. 人間七七四年 | URL | -

    家康「アレに決まっとる」

  10. 人間七七四年 | URL | -

    権現様「アレと言ったらアレしかなかろう。二度まで許してやったのに。」

  11. 人間七七四年 | URL | -

    >権現様さん
    >アレと言ったらアレしかなかろう。二度まで許してやったのに。

    利勝「アレってなんですか?」

  12. 人間七七四年 | URL | -

    稗田阿礼「呼んだ?」

  13. 人間七七四年 | URL | -

    7を書いたものです。皆様ありがとうございました。


    「帯刀め、腹を切るべきところを、二度も許してやったものを・・・」
    ttp://iiwarui.blog90.fc2.com/tb.php/4521-b8d8b9a4

    これのことだったんですねぇ。
    土居さんもびっくりしたでしょうねぇ。

  14. 人間七七四年 | URL | -

    家康の家臣団、どうしてあんなに優秀な人材が多いのか
    不思議だったんだけど、こういう教育システムがあったんだな

  15. 人間七七四年 | URL | -

    前にこれと似たような逸話が出たときは「めんどくささの継承」とか言われてたが

  16. 人間七七四年 | URL | -

    全部自分でやってしまって部下が全然育たなくて、死んだ後家中が全然回らなかったのが清正ん家だっけか
    あまりにも使えなさすぎたから再仕官にも苦労したっていうから相当だったんだろうな

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