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大井川の浮橋

2014年09月27日 18:44

380 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/09/27(土) 14:01:50.52 ID:KdeACkG4
寛永3年7月、徳川家光上洛の折、大井川を渡る時、

徳川忠長はその川に浮橋を渡した。その往来はやすらかで平地の
ようであったため、身分の高い者も低い者も、こぞって忠長の
巧智に感心した。

ところが、家光はその橋に臨むと、にわかに表情を変えて、

「箱根大井は、海道第一の険要にして、関東を隔てているのだと、
神祖(家康)も大御所(秀忠)も、常に仰せられた場所である。
それなのに、このような浮橋を設けて、往来を自由にさせるのは、
あってはならないことである!」

と、甚だ憤った。後年に至り、忠長が罪を蒙ったのも、この時の
事より起こったということである。

――『徳川実紀(坂上池院日記)』




382 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/09/27(土) 15:22:29.29 ID:q9ICDCm3
いざとなりゃ焼いちゃえばええのよ。わたってるとこに大筒でもいいけど

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    わずかな橋を落とすだけで、我が領土は難攻不落の城と化すのだ!
    (千葉県民談)

  2. 人間七七四年 | URL | -

    1さん
    それって、災害時には孤立してしまって大変なのでは。
    江戸川と利根川で区切られてしまっているとは聞いたことはありますが…

  3. 人間七七四年 | URL | -

    橋がなきゃないでどうせ癇癪起こしてるんだろうから

  4. 人間七七四年 | URL | -

    しかし現代なら考えられんね、人と物の流動性考えると。不便でしょうがない。
    海路による流通のが単に輸送コストが低いってのもあるだろうけど。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    まぁ大井川は駿府城の堀を兼ねているのと、江戸防衛の要でもあるから
    家光じゃ無くても本当は忠長に意見しなくちゃならないんだけどね。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    兵はともかく荷駄による輜重部隊が渡れませんものね。

  7. 人間七七四年 | URL | -

    ※4
    今でもスイスとかの本気の自国防衛考えてる国は
    敵軍の自領侵攻時には橋や鉄道やインフラを破壊する手順を定めてるよ
    今の日本が平和ボケなんだと思う

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