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毛利・立花、戦の習い・いい話

2008年10月16日 10:38

601 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/07/30(水) 12:15:03 ID:VUZ13N/K
毛利元就と大友義鎮が、九州で戦いを繰り広げていた頃のお話。

筑前において、永禄十二年五月の戦いで毛利が勝利を収め、
大友方の城である立花城は孤立。毛利方による開城交渉が始まった。
毛利方の使者、吉見正頼は、城方に対し誠意を持って説得し、篭城していた全ての人々を、
毛利家の責任において、大友方の陣まで送り届けると約束した。
開城後これの約束はきちんと実行され、立花城の守将であった立花親続、田北鑑益は
これに感銘を受けた。

ところが事態は急変する

山陰において尼子勝久が、周防において大内輝弘が毛利に対し立ち上がったのだ。
急遽引き上げる毛利勢。その混乱の中、立花城を摂取した部隊は取り残され、今度は
「毛利方」の立花城が、大友勢の中に孤立した。
先の戦で毛利に手ひどくやられた大友の諸将は、当然のごとく復讐戦をさけぶ。大友の大軍に、
立花城に篭る毛利方が血祭りに上げられるのは時間の問題であった。その時である。

「待たれよ」

そう言ったのは、先の立花城の守将、立花親続と田北鑑益であった。

「我らは先の敗軍の将である。このような事をいうのはおこがましいとは思う。だが、聞いていただきたい。
彼等毛利方は、我々と取り決めた開城条件を全て守り、篭城の諸衆を皆、無事にお味方の陣にまで送り届けた。
いったん城を占拠すれば、そのような約束は無視出来たにもかかわらず、である。彼らは信義を守ったのだ。

さて、ここで我が方が、情勢が有利になったという理由だけで、彼らを殲滅せしめれば、一体、大友の信義は
どうなる?卑怯者よ、それでも武士かと、天下の笑いものになるのではないのか?」


大友義鎮は力攻めから、交渉による開城に方針を転換。
やがて毛利方もその提案を受け入れ、彼らもまた、大友家の責任において、無事毛利陣まで送り届けられた。
その交渉の任に当たったのは、先の立花城城代、立花親続、田北鑑益の二人であった。

603 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/07/30(水) 12:26:50 ID:VUZ13N/K
601の続き

そのときの毛利の守将が、無事帰国した後出した謝礼の手紙に、田北が出した返事

「なあに、戦の習いでござるよ」


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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    第二次大戦中、似たような話しがあった。
    19機を撃墜し、RK(騎士十字章)まであと1機(当時。のちに40機)に迫ったドイツ空軍パイロットが獲物のスピットファイアを発見し、スパッと射点につくのだが、相手はなぜか無反応。
    近づいてみると、相手は気絶していたがスピットファイアは良好な安定性を持っていたため真っ直ぐに飛んでいたのだ。
    貴族の息子である彼はこんな状態の敵を撃ち落としてRKを貰うのは恥じだと考え、メッサーシュミットの翼でスピットファイアの翼を叩いて相手を起こし、逃げるように指示した。
    相手は敬礼をし、飛び去った。当時の戦闘機総監はガーランドだったためか、お咎めは無かった。
    やがてアドラーターク(ドイツ空軍の総攻撃の日)が訪れた。
    彼は再び獲物を見つけ、見事に落としたのだが油断から僚機を失い、彼自身の愛機も深手を追った。
    彼はドーバーに向け敗走するが戦運拙く敵の小隊(当時は三機)に見つかってしまう。
    敵は直ちに彼を落とそうとするのだが、その時、何かに気付いた敵のパイロットが叫んだ。
    「リーダー!待って下さい!攻撃中止!」
    「なにがあった?!」
    「あれは、俺を助けてくれたハンスです!」
    「…OK!騎士道には騎士道で応えよう。」
    こうしてイギリス空軍機三機がイギリス上空からドーバーまでドイツ空軍機を護衛するという、実に奇妙な光景が出現する事になった。
    油断から僚機を失った彼は40機撃墜までRKはお預けとなったが、その事を思い出すと誇らしい気分になるという。

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