関白に示すこれほどの屈服と従順さは

2014年11月28日 20:13

912 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/11/28(金) 00:15:38.75 ID:yBa/RiIY
ここに特筆すべきことは、京都から名護屋に至る間の、関白(秀吉)が通過する地の領主たちが、
関白が決めた日程に従って、彼のために城に似せた形の宿舎を建築したことである。
それらは最良かつ多額を費やして造られ、いずれも金張りの座敷を備え、その周囲には随行者のための
多数の大いなる借家が用意されていた。かくて関白は毎晩、宮殿のような場所で贅沢の限りを尽くして
宿泊することになったが、このように新築された宿舎は20近く、その全てが豪華であり、しかもほとんど
時を同じくして造られたのであった。その他、朝鮮を征服するための艦船などの準備を推進するために、
関白が日本中に加えた圧政は並々ならぬものであった。

だが関白はその痛みを感じることもなく、またその為に自費を必要もしなかった。
日本の人々にとってそれはまさに耐え難いことであったが、この国の貴賤上下の者が関白に示すこれほどの
屈服と従順さは、この世に類例を見ないものであった。
何故かといえば、我らヨーロッパの強大な国王や大侯ですらも莫大な経費と長い期間をかけねば不可能な
事業を、彼はいとも短期間に遂行せよと命じていたからである。

このような仕事が進み、すべての人がこの征服事業の準備に忙殺されていた間に、次のような噂が広く広まった。
それは

『関白はこの事業を成就し得ないであろう。そして朝鮮に出陣するに先立って、日本中いたるところで
大規模な反乱が蜂起するだろう。』

というものであった。
実は人々はこの征服事業に加わることを嫌悪しており、まるで死に赴くことを保証されているように考えていた。
婦女子たちは父や夫の出征で孤独の境地に追いやられたことを泣き悲しみ、もはや再び彼らに見えることは
出来無いと思っていた。そしてその多くは後に、現実のこととなった。

事実、日本中に不安と慨嘆が充満し、そのために誰か強力な武将が、必ずや関白に向かって叛旗するに
違いないと感じられていた。そして人々はそのように希望し、誰かがそのことを実行する事を期待していたのだが、
結局は、猫の首に最初に鈴をつけることを名乗り出る鼠は、一匹も現れはしなかった。
何故なら、諸侯が関白に対して抱いていた恐怖心は極めて大きく、もし一人が謀反を敢行した場合、その者は
他の全員から直ちに見放されてしまうと考えられていたからである。
そして仮にそういうことが起これば、別の者が、謀反人のことに関わって本年は朝鮮出陣の企てが中止に至ることを
喜ぶことであろう。

諸侯は互いに胸襟を開き親交を結ぼうというような信頼感を全く持ちあわせておらず、自分が胸襟を
打ち明けた相手によって訴えられはしまいかと極度に警戒して、誰一人として動こうとはしないのである。

かくて全員が嘆き悲しみつつも、結局はこの遠征に加わらざるを得なくなった。
関白はいとも安楽な生活を続け、一同の心を奮起させようとして「予は多くの国替えや領地替えを行うであろう。
この度の企てに加わった者には、朝鮮やシナで国土を賞与するであろう。」と言っていた。
また有馬殿(晴信)に対しては、「汝にはあちらで三国を取らせよう。」と言っていたが、
有馬殿であれ他の誰であれ、関白の面前では大いなる感謝の意を表し

「そのようなお言葉を賜るのは無常の喜びであり、死をも厭いません。」

などと言ってはいいたが、皆本心では、たとえ僅かでも自分の生まれた土地を所有する事のほうを望んでいた。
従って、彼ら諸侯一同は関白が実際に国替えをしかねないと思われたので、何一つ逆らわず、厳格に
彼に従ったため、誰一人として反旗を翻したりはしなかったのである。

ルイス・フロイス「日本史」)




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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    これが謀反が起こらなかった理由、か…

  2. 人間七七四年 | URL | -

    でも義久あんちゃんだけは密かに…(あくまで一説です)

  3. 人間七七四年 | URL | -

    >2さん
    歳久のこともありますしねぇ。
    尚古集成館にその一説が少し紹介されています。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    フロイスの話のわりにリアリティがあるな

  5. 人間七七四年 | URL | -

    まぁ、本心からあの国の土地を欲してり、あの国に出兵することを喜んでたのかた人物がどのくらいいるか本当に怪しいものだけどねぇ...
    義久兄ちゃんじゃなくても、含むところがあった人のが多かっただろうし

    そういや名前忘れたけど、出兵中に更に家康まであの国に行かせようと言ったラスボス相手に
    「何アホなこと抜かしてるんですか!今の秀吉さまには狐が憑いておられるのか!」
    みたいな諫言言い放った勇者がいたような...今ふと思い出した

  6. ※5 | URL | -

    ごめん何か打ち間違えた
    ○喜んでた人物がどのくらいいたのか怪しいよねぇ
    と書いたつもりだった
    なんという不覚...orz

  7. 人間七七四年 | URL | -

    浅野長政ですな。
    そんな暴言を吐くに至った心の内を考えると、称えるよりむしろ痛ましく感じてしまう。

  8. 人間七七四年 | URL | -

    この話ですね。
    浅野長政、豊太閤を狐憑きと呼ぶ・いい話
    ttp://iiwarui.blog90.fc2.com/tb.php/724-8bfed942

  9. 人間七七四年 | URL | -

    ※2※3
    梅北一揆のこと?

  10. 人間七七四年 | URL | -

    >9さんへ
    3です
    薩摩と明の間で秀吉の討伐計画が立てられていたという説が
    あるんですよ。
    梅北一揆で歳久が自害に追い込まれた件があるのでこんなことを
    考えたと思われていたそうです。
    (この計画の史料は明側にしか残ってないそうなので、
    本当にこういう計画があったのかどうかは謎なのだそうです)

  11. 人間七七四年 | URL | -

    政宗「ここにいるぞ!」

  12. 人間七七四年 | URL | -

    早く誰か謀反おこせよ〜。俺以外の誰かがさ〜…

  13. ※5 | URL | -

    ※7・8
    ありがとう、そうだ、浅野長政だ!
    ついでに家康には「俺たち海の向こうに行くから、家康は日本で留守番ヨロ(意訳)」って言ってた訳なラスボス...混同してた

  14. 人間七七四年 | URL | -

    今回のフロイス話は、妙なリアリティが感じられますね。
    多分この書いてあることは、大概本当の話しだとは思うけど。
    それでも、朝鮮出兵の一つに戦国大名がもっと領地を欲しがって
    秀吉がそれを無視できなくなってきていたと云う説があったので、
    困窮ばかりに目が行くのはどうかなとは思うけど。

  15. 人間七七四年 | URL | Cnub/O7I

    ラスボスの、ラスボスたる所以、か。

  16. 人間七七四年 | URL | -

    ※10
    ありがとう
    梅北一揆の後の話なのね

  17. 人間七七四年 | URL | -

    >9・16さん
    3・10です。言葉が足らなくて済みませんでした。
    梅北一揆の後で、文禄・慶長の役の頃の話です。

    許儀後と朱均旺、情報を届ける
    ttp://iiwarui.blog90.fc2.com/tb.php/3179-871af40d
    島津家の侍医許儀後、その後
    ttp://iiwarui.blog90.fc2.com/tb.php/4424-3c54decf

    このようなこともあったりしたので、討伐計画を立てていたという
    説が出来たのかもしれません。

  18. 人間七七四年 | URL | -

    ※11殿
    まーくん、やるやる詐欺はやめなさい。

  19. 人間七七四年 | URL | -

    織田政権から言われてたことだしなぁ…フロイスの時点でアレ
    賛成もいたんだろ、秀吉はそこまで絶対的な権力は確立してもいない
    謀反起こしても結局戦起こってまた混乱状態。
    「家康送るとか有り得ないだろ。狐憑き云々とかも嘘臭い。」勇者とも思わん。
    薩摩が応じるわけない。明が負け惜しみに残したんだろ。

  20. 人間七七四年 | URL | -

    君臣関係
    屈服と従順でもない
    日本以外のアジアの異教徒とかにこれほどに示す屈服と従順させてるのとか耶蘇とかの侵略者だな。

  21. 人間七七四年 | URL | -

    ※19、20=バカ

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