現在では代官と言われる者さえ

2014年12月12日 18:35

992 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/12/12(金) 01:57:05.44 ID:iPgindBB

池田輝政が播磨の領主であった時代、直に村々に触れられて、一石につき二升宛の年貢免除を許された。
この事について、堀甚兵衛という名主の家には今も、輝政自筆の免状が伝わっている。
このように大名が村に直接指示を出したというのは、戦国の時であったからそんな事もあったのだと
言う人がいるが、新太郎少将(池田光政)の時代でも、その領内の村々を、大名自ら万事委細に理解し
扱いを行っていたのである。

現在では代官と言われる者さえその管理する村について知らない事すらある。

(明良洪範)




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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    光政の頃でも戦国の残香があったってことやろ

  2. 人間七七四年 | URL | -

    自ら領内の事を良く知ろうとする領主として見るべきか。
    それとも急に領地が大きくなって家臣の代官達がまだ統治に
    慣れなかったのか。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    光政は特に戦国かぶれだったからな。孫の育て方で子供と喧嘩してたよな。

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