天正19年の鷹狩

2014年12月20日 17:29

51 名前:1/2[sage] 投稿日:2014/12/19(金) 19:10:48.25 ID:t0QMj00O
かつて日本には、極めて位の高いクボウサマ(公方様)がいた。
ヨリトモ(頼朝)と呼ばれるこの貴人については、彼が残した偉業とその名声によって、後世多くの事が
書き著された。
公方とは、日本全土の国主である内裏の総大将という意味である。(征夷大将軍)
日本の諸侯や武将達は、この公方様に優位と支配権を承認していた。

この頼朝に関して語られる著名な行事の一つに、彼が自らの偉大さを誇示するために、フジノヤマ(富士山)と
称せられる日本で最も有名な高山において、日本の多数の君侯や武将を従えごく盛大に鹿や猪の狩猟を行った。
各々は自らの位階と称号に応じて、華麗な紋章を掲げて参加し、その際、多くの儀式と壮大な催しが展開された。
この狩猟と王家(源氏)の遠乗りのことは、後世に至るまで華やかに喧伝され、日本の権威ある著述家達は、
これを厳正で著名な史実の一つに数えていた。

これまで既述したように関白(秀吉)は、何にも増して栄誉と名声を求めていたので、次の二つの効果を期待し
大規模に、かつ権威を以って、尾張国で新たな狩猟を行うことを決定した。
彼が第一に意図したのは、それを壮大かつ豪勢に催すことによって、約五百年この方、華やかに祝われている
頼朝の巻狩りへの人々の記憶を弱めしることであった。
次には日本の武将たちにこの耳寄りな情報を歓喜を持って迎えさせ、その祭典を楽しませることによって、
困苦を伴うシナ制服事業について、彼らが抱き続けている苦悩を、悦楽で以って暖和させることにあった。

かくて関白は、5,6日の行程にある尾張国へ絢爛豪華な装いで出発していった。
彼はこの行事に天下の最も高名で主だった武将たちを伴い、多数の猟犬と高価な各種の鷹(日本には
その優れたものが少なくない)を用いることによって、その点では単に鹿や猪を射止め、自らの力で、
すなわち鷹を用いないで鳥類を捕獲するに過ぎなかった頼朝の巻狩りとは異なる物であることを、示そうと欲した。

日本の武将たちは関白を喜ばせる事ならいかなる事でも従っていたので、この催しに際しては、彼の口から
何らかの賛辞に与ろうと、衣装や馬具にあらゆる気を配り、濃紅色の絹練糸で作ったアルパカ、その他それに
類したものまで携えていたほどであった。

狩猟は大成功裡に終わり、多くの人々が証言する所によれば、二千五百羽以上の大型の鳥の獲物があり、
貴人たちは宴席を張ってそれらを賞味したという。

一行がまるで凱旋するようにして都へ帰る準備をしていたちょうどその時に、関白が以下尾張国へ、
甥の大納言殿(秀次)が到着した。彼は遠いクワントウ(関東)で起こったいくつかの反乱を鎮定するために、
関白によってかなりの軍勢を率いて派遣され、その地方から帰ってきたのである。(葛西大崎一揆)
彼はその使命を遂行して大いに面目を施し、諸国、並びに叛乱したその地の武将たちを服従させ、
多数の敵を破滅せしめ、万事に平和を樹立した。
関白はかねてから天下の政権と関白の称号を彼に委ねる考えであったので、その場において甥に対し、
その任務の重さ、また広大な支配を司るのに必要な熟慮について多くを語り、諄諄とその理を説いた。

(中略)

52 名前:2/2[sage] 投稿日:2014/12/19(金) 19:11:15.46 ID:t0QMj00O
彼はこのように大納言を訓戒し、特に重要な点に関して心得るべきことを述べた後、整然と続く絢爛豪華な
随員を率いて都に向かって出発した。先頭には狩猟の獲物である二千五百羽の大鳥が運ばれた。
それらの一つ一つは金色の長い竹に吊るされ、その1本毎に一人の男が配置され、順番に運んでいった。
獲物の後を鷹と猟犬が続き、それらを率いるきらびやかな衣装の貴人たちが行進した。
更にその後を、豪華な馬具を付けた二十頭の馬が随行して続いた。さらに二台の立派な輿が運ばれた。

関白の前方には、ごく身分が高く、日本では最大級の武将が続いていたが、当時彼らは追放に処せられた
身分であったので、関白の前方で両側に分かれ、およそその境遇にふさわしい役として、
一匹づつ猟犬の手綱を取って行進した。
豪華な光景の中にあって、その余りにも高名で高位の武将たちが、かくも下賎な役目を果たしている姿は、
目撃者達に不思議な驚嘆の念を喚起せしめずには居られなかった。

そのすぐ後を、当の関白が進んだが、彼が乗っている豪華な輿には、大きな銀の飾りが填め込まれ、
中央にはやはり銀製の、尊大な怪人の面があり、立派な天蓋のような覆いが上部にあり、輿を担ぐ
棒の両端には、緑のビロードで飾られた蒲団がついていた。そして彼の後方に多数の貴人と従者が続いた。

関白は都に到着すると直ちに甥秀次を自分の後継者に定め、関白の称号を彼に譲り、自分は
タイコウサマ(太閤様)の称を選んだ。彼は甥にまず邸宅として、以前都に造営した宮殿と城(聚楽)を
与え、自らは大阪に住むことにした。

また黄金で金1コントと銀で金半コントを授け、日本の宝物である極めて美麗で高価な、茶の湯のための器、
古くから伝わる名称の作になる由緒ある両刀と短剣、その他多くの品を与えたが、それらは日本では
一つの巻物の中に特別に記入される事になっている。更に関白は彼の通常の費用と個人的経費として
60万俵の俸禄を授けた。

彼は甥に対してこのように莫大な譲渡を行いはしたものの、自らはその権限、人々から受ける尊敬、支配力、
所領等において何一つ譲ることも失うこともなく、従来と何ら変わりなく万事において支配を続行した。
彼は自分が斃れることがあっても、主だった武将らに、その甥が天下の君として定められていることを
認めさせようとして、この策略を用いたのであった。

(ルイス・フロイス「日本史」)

天正19年(1591)、小田原役の翌年に行われた、豊臣秀吉による約1か月に及ぶ大規模な鷹狩りについての
ルイス・フロイスの記事である。



53 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/12/19(金) 20:04:27.13 ID:HlC7eFB5
最初の方だけ読んで、曽我兄弟の仇討ちでも書いてるのかと思ってしまった

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    超豪華

  2. 人間七七四年 | URL | -

    ア、アルパカ?戦国の日本にアルパカさんっていたの?

  3. 人間七七四年 | URL | -

    ここら辺が秀吉の絶頂期だよなあ

  4. 人間七七四年 | URL | -

    シナ制服授業なら受けてみたい。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    放鷹ではないようだな鶴じゃなく四本足だからな殿下。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    中略以降
    昔日の栄華みたいな記述で泣けてくる。

  7. 人間七七四年 | URL | -

    アルパカに似た獣ってなんかいたっけ?
    …というか、フロイスさんアルパカ知ってるんだ。

  8. 人間七七四年 | URL | -

    アルパカはかなり昔から毛が貴重だったらしいから、南米から欧州へ
    交易か何かで伝わってた可能性はある。

  9. 人間七七四年 | URL | -

    普通に事業
    授業は受けたくない
    アルパカが唐突に出てきて驚いたわ

  10. 人間七七四年 | URL | -

    このアルパカって何かしらの着物のことだよね?
    最初、ニッケル合金かと思ったけど材料的に違うし
    時代も合わないし。

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