形見の面桶

2014年12月31日 17:45

473 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/12/31(水) 11:15:47.28 ID:P8+iXeXC
慶長19年(9年の誤り)、黒田孝高入道如水は病気が重くなって、子の甲斐守(長政)を呼び、

「お前には親に優ることがある。そして、私もまたお前に優ることが二つある。語って聞かせよう。
今、私が死ねば、私の士は言うに及ばず、お前の士大将から士に至るまで、悲しみ嘆くことだろう。

だが、お前が死んでも私が生き永らえたなら、誠に大いに道理に反するが、「如水がいらっしゃる」
と言って、力を落とす士はおるまい。これは、人が懐き従って私に服しているということであり、
私がお前に優っていることの一つである。

次に、私は無双の博打の上手である。関ヶ原で石田が今暫く支えたならば、筑紫から攻め上り、
身分の低い者の言う勝相撲に入って、日本を手の平の中に握ろうと思っていた。その時は、子の
お前をも捨てて、一博打打とうと思っていたのだぞ」

と、言いなさった。そして、如水は紫の袱紗に包んでいる草履片足分と、木履片足分を取り出し、

「戦は万死に入って一生に会う(万死一生)のが習いである。十全(十分に整っていて、危なげの
ないこと)を思慮しては叶うまい。

例えば、草履や木履を履くように、二つ物掛け(二つのうちのどちらかに賭けて、勝負をすること)
の戦をする心得をせられよ。お前は才智があって、先のことをあらかじめ推し量るから、大功は
ゆめゆめ叶うまい。

ところで、面桶というものは飯を盛るものだ。上は天子から下は百姓に至るまで、一日として
食物無くては、世に生き永らえる者はいない。国を富まし、士卒を強くすることの根本一大事は、
この飯入れにある。必ず忘れてはならない。それゆえ、この面桶を形見として差し上げる」

と、言いなさった。

――『常山紀談』




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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    >草履や木履を履くように
    わざわざ片足ずつ出してるんだから、「草履と木履を片足ずつ同時に履くように」だよね

  2. 人間七七四年 | URL | -

    こいつミサワに似てるわ

  3. 人間七七四年 | URL | -

    ngms「三行でおk」

  4. 人間七七四年 | URL | -

    戦国無双でこの話をモデルにしたイベントがあって嬉しかったなあ
    飯入れってかお弁当箱だったけど

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