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下和白「安河内家」の始まり

2015年01月11日 17:08

537 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/01/10(土) 12:06:52.41 ID:1kJkdqwW
下和白「安河内家」の始まり


『九代延昌、後に三郎左衛門虎昌と改む。
筑前国立花城主戸次丹後守鑑連道雪の幕下に所属し、忠勤をぬきんで戦功多し。
道雪養子立花左近将監宗虎より諱の一字を授く。
のち虎昌と改め、粕屋郡下和白村を領す。是イミナ屋形を下和白の里に建つ。』

今日の福岡市東区和白における安河内家の興りである。
ちなみに虎昌が拝領されたのは1570年の出来事である。

彼は3年前の上和白の戦いで宗像水軍相手に戦功があったため、道雪より下和白村を拝領したという。
現在安河内家は和白地区一帯にくまなく広がっている。

ちなみに読みは「やすこうち」である。「やすかわち」と読まないように。


http://i.imgur.com/yNFu07n.png

(出身小学校の120周年記念誌から抜粋)



538 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/01/10(土) 12:22:36.21 ID:M5c4hDke
>>537
佐村も佐村河内も、広島・山口近辺に多い姓
佐村河内は、安芸の国人・佐村氏のうち、河内守を称した人の家系が
佐村河内を名乗るようになったと言われている
安河内も、「安氏の河内守を称した人」の家系なのかね?
安氏は在日にも多いが、藤原氏系や安国造系など、昔から存在している氏でもある

539 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/01/11(日) 09:02:10.06 ID:1E2dvOhz
>>538
それはよくわからない。
7000傑のサイトでも出自不詳と出ている。

1つ言えることは広島・山口は『こうち』読みが多いこと。
墓地をブラブラすることはないけども、家紋が複数あったから特定はできない……。

もしかしたら嵯峨源氏の渡辺氏系統かな………?

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    某鑑定番組のおばちゃんそういう由来の家だったのか。わざわざ別に名乗る姓でもないし

  2. 人間七七四年 | URL | sisdfrvA

    和白と立花城を挟んだ山側の久山には安川姓が多いけど関連性があるのかな。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    あのあたりでは河内は流域的な意味。
    安川の流域という可能性はある

  4. 人間七七四年 | URL | sisdfrvA

    付近を流れる多々良川の支流の久原川が立花山城を周る様に流れて久山に通じてるけど昔の名前が安川だったのかなあ。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    何の疑いもなく「こうち」って読んだけど知らなきゃ「かわち」の方が出てくるよな
    確かに俺も佐村河内守を初めて見たとき「さむらかわちのかみ」って読んだわ

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