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細川忠興軍功記より、清須会議について

2015年01月28日 18:54

314 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/01/27(火) 19:44:56.60 ID:tczRCWOg
山崎の合戦で明智光秀が滅びると、尾張国清州で、羽柴秀吉、柴田修理亮勝家が参会の上、
織田領国の国割を行うことに成り、織田三七(信孝)も岐阜より清須へ御出でになり、
羽柴秀吉、丹羽五郎左衛門(長秀)、池田勝入といった人々はそれ以前から清須に参り、
柴田勝家を待っていた。

柴田勝家が清須に到着する期日がわかると、その日は植原次郎右衛門の邸宅の広間に
織田信雄織田信孝、羽柴秀吉、丹羽長秀、池田勝入らが御出でになり、柴田勝家が来るのを待っていた。
その広間の庭には、故信長・信忠父子の侍が、身分の大小共に、八百ばかり控えていた。

柴田勝家は堀重門より入ってきた。供の侍は三百ばかりであった。
柴田は縁に上がると角柱にもたれていた。柱の下には勝家の三人の甥達も詰めかけ控えていた。

信雄、信孝は座敷の間の内に居られた。秀吉は前から縁側に居た。池田、丹羽は前から御座の間に詰めていた。

秀吉は勝家に言った
「修理殿の御出を待って、御国割をしようと考えていたのですが、あなたの到着が遅くなり、
御両人様(信雄・信孝)より急ぎ国割をするようにとの仰せがありました。
信雄様は尾張に北伊勢を加え進上するようにと仰せられたので、お望み通りに進上いたしました。
信孝様は美濃に南近江を加え進上するようにと仰せられたので、お望み通りに進上いたしました。」

勝家はこれを聞くや怒った
「私への相談なしに国割を行うとはどういうことか!?そういう事をするのなら、その頭を押しつぶして
くれようか!?」
(我に談合なしに国割だてをいてくれい、其つれするならは、頭邊迄押くれう)

しかし秀吉
「私の頭を押しつぶすなど出来るものか!上様の御弔い合戦は私がしたのだ。笑わせる事をいうものだ!」
(我か頭邊押事成間敷候。上の御弔合戦が我か仕候。笑敷事申)
そう言い捨てた。

そこに、池田、丹羽が二人のいる殿中の間に入ってきた。信雄・信孝の兄弟も立ち上がって側に行き
「お前たち両人が、魚と水のように親しい関係にあることが、われら兄弟のためにも成るのだ。
そのようであってはならない」と諭した。
その時池田、丹羽が「急いで盃を出すのだ!」と言って盃を出させ、秀吉、勝家の両人に
盃を交わさせたため、その場は静まった。

その後織田信孝は秀吉にこう言った
「明日は修理も国に下る。その方も長浜へと帰るという。であれば岐阜にて、風呂を立てるよう
申し付けているので、帰りに立ち寄ってほしい。」

しかし秀吉は翌朝未明に清須を立ち、墨俣に馬上一人だけで着いた。墨俣の代官は、佐脇作左衛門の
親類であった。秀吉はそこに立ち寄り、湯漬けを食すと、乗ってきた馬を亭主の馬に乗り換えて、
そこから鈴鹿を左にして、水口を通り、その日は八幡山に出て、その夜、船にて長浜に到着した。
これは柴田勝家が国元へ帰るのを待ち受けるためであった。

柴田勝家は岐阜で於市様と祝言を相整えると、彼女を越前へと同道した。
長浜を通過という時、長浜の様子を聞いて、伊吹山の東面に沿った道があり、長浜を避けそこを通って
越前北之庄へと向かった。

これより、秀吉と勝家の関係に悪しき色が立ったのである。
細川忠興軍功記)

細川忠興軍功記より、清須会議についての記事である。




315 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/01/28(水) 09:57:01.76 ID:acmwtuGF
三七殿の面目が丸潰れだな。

316 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/01/28(水) 10:28:27.09 ID:YTE0kkux
三斎様はいろんなもの記録に残してるから立派かと思いきや、あれだからな。

317 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/01/28(水) 10:43:52.78 ID:fOARUKvb
>>315
源義朝の例があるしな
ああだから野間に幽閉させたか

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    映画の清洲会議は面白かった。

    何故清須城になったのでしょうね?信長の安土城下(城は焼け落ちても街はある筈)
    でもなく、信忠の岐阜城下でもなく清洲城。
    土地柄、交通の便が良かったからかな?

  2. 人間七七四年 | URL | -

    制御不能になった二匹の巨人を手懐けようと、二人の兄弟は必死に頑張るのですが…

  3. 人間七七四年 | URL | -

    米1さま

    織田家の主城だった時期もあるようですし、
    何らかの精神的な意味が付与されているっぽいですね。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    1.<大河「新撰組!」で大失敗して奮発したんだろうね、多分それまで歴史モノなんかバカにしてたんじゃないかな監督。
    私も¥100時代モノ古本手当たり次第に読み漁るようになる頃まではバカにしてたな時代小説とかw
     映画「清洲会議」は歴史好きの時代考証心をくすぐるところが随所にあって、しかも本分の笑いは何ら見失っていない
    でも時代小説は所詮ロマンだから考証なんて適当でいいのだけれどね、凡そ記述されたものであるから。
     きっと時代小説家なんて全然勉強してないよ多分w 村上龍とかの方がはるかに勉強熱心かなと思うな。
    ちなみに夏目金之助先生の書斎には猫じゃ踊りの絵葉書はあっても大した書籍はなかったそうな。

     一概にはいえないけれど概ね長じてからこういったものに走ったほうがいいと思うな。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    ※4
    ちょっと落ち着こう、な?

  6. 人間七七四年 | URL | ZPZR469g

    ※1
    勝家は江北で山崎の合戦の報を聞いてそのまま尾張美濃へ向かったらしいですし、
    秀吉も斎藤利三を処刑した直後にすぐ美濃に向かっていることを考えたら、
    二人とも無主の地となった信忠旧領が荒れる前に鎮定してしまおうとして、
    ちょうど近場にあった清洲城で会議をやったんじゃないかと思います。
    (実際、美濃は安藤守就が挙兵したり、どっかの鬼が暴れたりしてましたし)

  7. 人間七七四年 | URL | Cnub/O7I

    もっと簡単に考えて、織田家も勝家も秀吉も勝入も長秀も、みーんな故郷は尾張だもん。

    「みんなで里帰り&今後の会議やっちゃう?」みたいなノリでw

  8. 人間七七四年 | URL | -

    この時代の尾張の中心は清須だよ
    名古屋が尾張の中心になるのは徳川家康の命令で清須から名古屋に集団移転した後

  9. 人間七七四年 | URL | -

    ※7
    あらためて、戦国の尾張・三河の武将誕生率って凄いよな…と思う
    (清洲会議からは外れるけど)清正や市松とかもだし

  10. 人間七七四年 | URL | -

    ここは2ちゃんだったな。

  11. 人間七七四年 | URL | -

    1です。お答えいただいた方々有難う御座います。

    ※4さん
    別段私は映画の感想言っただけで、その後の疑問は普通に何故清洲で開催ってだけです。
    誤解させたのならスマソ。

    ※6さん
    詳しい説明感謝です。各軍団の状況から言うと多分そんな理由かもしれませんね。
    何分清洲会議が出てくる本読んでも、この地での開催理由までは書かれてないので、
    かなり疑問だったのですよ。何故今更に清洲城なのだろうと。

    ※8さん
    その前に那古野城でしょうね。多分この頃はもう廃城だと思いますが。念の為に言うと
    都市自体に関してではなく、この話の流れの主眼が「清洲城は重要な城」であっても
    「時代的に主流な場所では無い」と云う点ですね。

  12. 人間七七四年 | URL | -

    なぜ清洲で会議やったかって、安土城が焼けた後、三法師がすでに清洲にいたからでしょ?
    もともと織田家の跡目は三法師で決まってて、後見役を信雄と信孝で争ったんじゃないの?

  13. 人間七七四年 | URL | -

    ※12
    何処かの文献である説なの?
    岐阜から清洲城に移ったのは本当だけど。

  14. 人間七七四年 | URL | -

    村上龍とかもめくそはなくそだろ。
    しいて言うなら時代小説家だろ。

  15. 人間七七四年 | URL | -

    ※12
    そんな説聞いた事も無いなぁ。清洲会議自体が後継者問題の話し合いなのに、もう三法師に
    決まってるって変でしょうに。そもそも三法師自体が本当に重臣達に存在が正確に認識されて
    いたかは疑問視されてるよ。

    もし当主に決められる程の存在なら、勝家側は最初から三法師を抑えに行ってるよ。
    そんなに知られているのなら、彼の母親の存在があやふやなのは可笑しな事だ。
    (出合える筈の無い松姫までもが母親説に出る位だよ?)

    当時は血筋が正しくても、成人している一門が居るのならそちらに移行することも珍しくない。
    それを初陣どころか一桁台の子供を押す余裕が織田家にあったとは思えない。
    秀吉が利用し、丹羽・池田を取り込んだから当主になれた。
    信雄・信孝は重臣が納得してしまった以上、後継者になる事でしか手が無い。

  16. 人間七七四年 | URL | -

    14>そうだねもっと言うなら子煩悩で金亡者だな。

     もりテルくん、詳しくは知らねえが。
    ”三法師自体が本当に重臣達に存在が正確に認識されて いたかは疑問視”
     だから目から鱗だったんだろう。

  17. 人間七七四年 | URL | -

    ああ追加ですまねえ三法師ってどう読むのかね。みっぽうし?w

  18. 人間七七四年 | URL | EybeWf1w

    さんぽうし

  19. 人間七七四年 | URL | -

    そのまんまだなそれでいいのかな

  20. 人間七七四年 | URL | -

    ※19
    信長の孫ですしおすし
    むしろ父親や叔父たちに比べれば全うな名前・・・いや、何でもない

  21. 人間七七四年 | URL | -

    うむ合点

  22. 人間七七四年 | URL | -

    三法師すらも検索掛けられない癖に偉そうな態度だな・・・

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