円隆寺とさんさい踊り

2015年02月10日 18:45

385 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/02/10(火) 11:26:39.59 ID:KT02FOvC
円隆寺とさんさい踊り

 本寺は正覚山円隆寺と称する天台宗のお寺で、初代富山藩主、前田利次公の富山城入り以来、
代々前田家の祈願所としての格式をもっていた。はやり病を払うという京都の祇園さまや、女性の川流れ除けの神とされ、
「かわうそ大明神」の呼び名で親しまれている如意輪観世音菩薩坐像を祀り、特に女性の参詣が多い。
 さんさい踊りは、毎年七月十四・十五日の両日円隆寺の祇園会の宵に、
同寺の境内を中心にくりひろげられる盆踊りで、女の子だけの盆踊りということで全国的にも珍しい民衆芸能といえる。
この踊りの起源は、利次公が初代藩主として入城した寛永十六年(一六三九年)頃であろうと伝えられる。
「サーンサンサイ、ヨンサノヨヨナーイ」というはやしことばには、
「もう佐々(成政)の世ではない」という、前田家の治世を謳歌する意味合いがこめられているという。

富山県富山市の円隆寺前の立て看板より




佐々が越中にいたのって精々数年だし、
寛永のころにはもう一昔前の人だと思われてそうだが

386 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/02/10(火) 14:23:14.82 ID:xMugn9Xw
忠興「呼んだ?」

スポンサーサイト


コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    >>386は歌仙になったのだ…

  2. 人間七七四年 | URL | -

    >>386
    肥後から富山までの長旅はお体に触りますよ…

  3. 人間七七四年 | URL | -

    >1殿
    それじゃ、忠興さんが歌仙になってしまうじゃないですか。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    ※2
    そういえば、富山から肥後までの長旅の果てにお腹を召した人がいたな。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    お前も歌仙にしてやろうか ぐははは

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://iiwarui.blog90.fc2.com/tb.php/9083-d453596e
この記事へのトラックバック