常高院よ、二度と私の前に出てくるな

2015年03月04日 18:43

506 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/03/04(水) 00:14:37.29 ID:PEzwStB5
慶長20年(1615)、豊臣秀頼が誓紙を違え和睦を破り、再び諸牢人を募集し、これにより
京大阪に大きな騒動が起こっていることが関東に聞こえると、大御所徳川家康は、4月4日に
駿府を立ち、同18日、京に到着した。大樹徳川秀忠は4月10日に江戸城を出て、同21日に
伏見城に入った。これにより、貴賎南往北来の混乱をしていた洛中も落ち着きを取り戻した。

前の冬の陣に従軍した軍勢はようやく本国に帰り、未だ弓も弓袋に入れていない有り様であったが、
再び両御所により上洛するよう命が下ると、日本の諸大名は、今度こそ軍功をなして
天下の誉れを得ようと、夜を日に継いで駆け上がった。よって五畿内の内は、野にも山にも諸軍勢が
満ち満ちて、未だ秋ならぬ都の景色も、色めいて紅葉を吹き散らしたようであった。

両御所は京に到着すると常高院(淀殿妹・初)を召して言った
「我々は秀頼公の御為を浅からず思い、この和睦を整え誓紙を取り交わしたというのに、
再びこのような事を思い立つとはどういう事だろうか。
しかし、この上でも大阪の城を明け渡しさえすれば、代わりにどこの国でも望みに任せて
参らせるであろう。このことを、伝えて頂きたい。」

常高院は大阪城に入り、秀頼達にこのことを伝えると、秀頼母北方(淀殿)、大野修理亮(長治)らは
その提案に同意し
「どう考えても叶わないのですから、虚しく朽ち果てるよりも、身を全うして時節を待たれるべきです。」
そう主張したが、秀頼はこれに、以ての外に怒りだした。

「時節を待てと!?今の世の人心を知りながら、そのように計らうというのは、臆病心のする業である!
そもそも弓矢の事に女が口を出すなど、ろくな事に成らない!(弓矢ノ事ニ女ノ指出、墓々布事侍ラス。)
常高院よ、二度と私の前に出てくるな。どうしてもというなら、この扱いの事は、私の髑髏に逢って伝えよ!」

そう言い放つと障子を乱暴に開け、奥の御所へと入っていった。

(豊内記)




507 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/03/04(水) 01:00:59.56 ID:c5d7+/tD
こういう逸話見ると父親の栄光を吹き込みすぎたのかなって気もしてくる。
こういうのは強気で押せば良いってもんでもなかろうよ。

509 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/03/04(水) 01:49:12.23 ID:aGWGO8D+
人の上に立つ人物が滅びの美学みたいなものに突っ走るとそれに同調してない配下は悲惨だね。
三成との友情美談みたいになってる大谷吉継の話なんかも。
やはりそういうこともあり得ると覚悟の上で奉公はするものなのだろうけど、そうはいっても配下下々の者にも家庭や生活があると思うと
なんとも悲しい。

513 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/03/04(水) 08:27:03.30 ID:CN2rvlca
大坂方に残った将兵が戦うことで固まってしまったんだから
大将の秀頼が彼らを捨てて逃げることはできないわな。
それこそ末代までの恥さらし、偉大な秀吉への最大の裏切りだわな。

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | B7aCswa6

    こんだけの啖呵切っときながらとっとと腹切らずに
    助命嘆願させたんだとしたらかなり格好悪いな

  2. 人間七七四年 | URL | -

    開戦時ならともかく夏の陣で籠城する将兵にどれだけ立身の目論見を持ったのがいたか。ほとんどが死地を求めて、か

  3. 人間七七四年 | URL | -

    豊内記は、一貫して、秀頼を武将らしい武将として描こうとしている感があるな

  4. 人間七七四年 | URL | -

    和睦の仲介をした常高院の面目を潰して置いて
    逆ギレするのはちょっと…

  5. 人間七七四年 | URL | -

    お初様は本当に可哀想だな。
    立場的にはもう豊臣家なんてどうでもいいのに、こんな面倒くさい役やらされて、
    しかも甥っ子にはこんな扱い。
    ってか何でこの人だけ京極なんて微妙な人ん所に嫁いだんだろ。
    姉と妹の嫁ぎ先かんがえれば前田家辺りに嫁いでもおかしくないだろうに。

  6. 人間七七四年 | URL | -

    お初さんは浅井三姉妹で最も平穏な人生だったと言われるが
    関ヶ原の時とかこの時とか考えるとそうも言えないような…
    そら姉と妹に比べたら地味かも知れんけど

  7. 人間七七四年 | URL | -

    ※5
    京極「なんて」なんて言ってあげないでやってくれよ…
    (大叔母の嫁ぎ先が京極お膝元な者より)

    というか、元々の家柄や血筋で言えば、京極って豊臣や徳川より遥かに格上だし…勿論前田家よりも。

  8. 人間七七四年 | URL | -

    ※5
    京極は秀吉の長浜城主時代から縁があるし近江出身の出来星大名達の求心力を増すためじゃないか

  9. 人間七七四年 | URL | -

    討ち死にしようとしてる人に「虚しく朽ち果てるよりも」なんて言ったらそりゃキレるよ

  10. 人間七七四年 | URL | -

    「そもそも弓矢の事に女が口を出すなど、ろくな事に成らない!」

    本当にそう思ってんなら、実母を適当に処分してから言わないと説得力がない

  11. 人間七七四年 | URL | 3aXRcdxk

    この秀頼なら夏の陣で自ら出陣しそうだな

  12. 人間七七四年 | URL | 41GIFTn.

    甘やかされた百貫おデブさんはまず裾踏んづけてる母親蹴飛ばして戦場出てから偉そうにすればいいのに

  13. 人間七七四年 | URL | -

    そういう事をやった人は聞いたことが無いな

  14. 人間七七四年 | URL | -

    隆信「デブが戦場に出るとろくなことがないから。やめといて正解」

  15. 人間七七四年 | URL | -

    肥前の熊さんは重すぎて馬に乗れなかったと言われてるしな…
    秀頼には愛馬「太平楽」が居たそうだが乗れたのだろうか

  16. 人間七七四年 | URL | OLHiJ7es

    見たことないほど太ってるって言われてるが
    爺さんでおでぶの家康が戦場出てる位だから乗れるだろ

  17. 人間七七四年 | URL | -

    その家康よりもさらにおデブなんじゃ

  18. 人間七七四年 | URL | -

    家康は脱糞画を見ても、若い頃は痩せてたから…
    秀頼って10代から巨漢だったんでしょ
    おまけに大阪城から出たことない世間知らず
    なまじ権力があるから周囲も止められない

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