戦場のおやじギャグ

2015年04月26日 16:07

699 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/04/26(日) 03:41:00.77 ID:ier522gz
戦場のおやじギャグ

慶長5(1600)年、畑谷城が直江兼続の大軍にわずか一日で落とされると、山形の民や百姓らは「これはもう駄目だ」とパニックになり、家財をまとめて山谷に身を隠した

最上義光は馳堂(長谷堂)と上之山(上山)の両城に援軍を送ると、自らも三ノ丸の南方に陣を張り、直江軍の動静を見極めようとした

最上義光(´・ω・`)「兵に落ち着きがない。ここは戦勝を祈り歌会でもやろう」

歌を嗜む者が集められ、陣中で歌会が催された

某「よみちより、吾ノ臨むはあらましよ」
(黄泉路・夜道ではなく、私がこれから臨むのは敵に打って勝って生きる明るい未来です・ああマシだ・現世ですよ)

(´・ω・`)「そりゃそうだよね。生きてりゃ苦しくたってなにか良い事あるよね」

義光は兵にむやみに城外へ討って出る事を戒め、篭城策による長期戦に専念する事を決めた

「山形蒐話」ほか


701 名前:699[sage] 投稿日:2015/04/26(日) 08:11:23.99 ID:ier522gz
>>699
あらまし→あり+まし→予定・未来、おおよその物事の流れ

絶望の淵にあっても未来は自ずと変えられる
→諦めないで頑張りましょう

ってな意味なんでしょうか?
季語が無いので戦陣連歌の一部みたいなんで前後の繋がりもよくわかりませんが、古典に詳しい方解釈や訳をお願いします




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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    黄泉路より吾の臨むは荒ましよ(黄泉路より俺の進む道は厳しいんだぜ)

    黄泉路より吾の望むはあらマシよ(黄泉路ではなく私の望みはもっと良いものよん)

  2. 人間七七四年 | URL | -

    「~よりマシ」っていう表現は現代っぽいけど、室町時代には既に使われている。

    上杉の大軍を前に悲壮感漂う将兵に対し、もっと気楽に構えよう♪と詠ったもんなのかな。
    出典の山形蒐話ってのがどんなものか分からないのだけど…

  3. 人間七七四年 | URL | -

    山形蒐話は山形の言い伝えを集めたものだね。でも歌会の読み人も他の歌も合戦とき何日に読まれたのかも書いてない。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    いくさで敗れて死ぬ事を考えても 物事は変えようもあるから、まぁ頑張れ?
    死ぬ想像をするより生き延びて勝つ事考えようず?

  5. 人間七七四年 | URL | -

    おやじギャグいうな
    かつてはそれが侘び、寂び、風流だったんだから

  6. 人間七七四年 | URL | -

    (´・ω・`)「豚之助はないよね。裸武太之助と名乗りなさい。なんつって!福島家に笹のカニ才蔵がいるんだって!一栗の高春も才蔵に似てるから、リアル猿蟹合戦だね!」

    ワビサビ?

  7. 人間七七四年 | URL | -

    風流でええやん

  8. 名無しさん@ニュース2ch | URL | -

    >6

    徳川慶喜「そうですよね。豚なんて、ひどいですよね」

  9. 人間七七四年 | URL | -

    ※8さん
    小松さんに、何度も豚肉を分けてくれと
    無茶を言うからですよ。

    >家老・小松帯刀が一橋慶喜(のち十五代将軍)の豚肉好きにほとほと困った書簡
    が残っている(「玉里島津家史料三」一二一七号)。慶喜が何度も豚肉を所望するので、
    小松の手持ちがなくなり、これ以上は無理だと断ったと書かれている。小松は「琉球豚」
    とも書いており、豚肉は塩漬けが一般的で、「炒いり豚」という言葉から炒めて食したの
    だろう。琉球から伝来した調理法、保存法だと考えられる。(さつま人国誌)

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