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長野業正、真田幸隆への手紙・いい話

2009年01月10日 00:05

964 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/01/09(金) 11:49:38 ID:d/RhsbSy
真田幸隆への手紙

村上義清との戦いで所領を失った幸隆は箕輪城主の長野業正を頼り暫く滞在してた。
山本勘助の紹介により武田信玄の元へ仕えることになった幸隆は一計を案じる。
彼は病を患ったと言って出仕を止めた。
これを聞いた業正は使者を遣わし、さらに馬までも与えた。
幸隆は驚いたがいつも通りに使者をもてなし、その夜の内に箕輪から出ていった。
下仁田にさしかかったころ、続いて来る馬の背には家具が積まれ、その後には妻や家僕がやってくる。
これはと不審に思い聞いてみたところ、幸隆の出立後に業正の老臣がやってきて、これを我らの追い及ばない所で幸隆殿に渡されよと、一通の手紙を手渡した。
手紙を開けてみるとこう書かれていた。
「甲斐に武田信玄あり、まだ若いがまたとない弓取りである。しかし、箕輪にこの業正がいる限りは、碓氷川を越えて馬に草飼わせようと思ってもらっては困るぞ・・・」
幸隆はこれを読んで恥ずかしく思い、こんなことなら腹を割って話し合うべきだったと幸隆は立ちすくんだ。

いい(じいさんからの手紙)の話




965 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/09(金) 11:57:36 ID:qo+xZuC2
>>964イイハナシダナー
長野業正がかっこよすぎる……全て見通していて、餞別がわり?の馬までやって。
気概溢れる手紙の文面といい、武人の鑑だな。

994 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/09(金) 23:33:30 ID:Mww8Zzxk
>>964

今川・北条・上杉・徳川・織田と錚々たるメンバーを
纏めて亘りあった信玄が業正が生きている間は無理って絶望した程だからね
信玄が10年長生きしたらと言う話しは良く持ち上がるが
業正が10年早く亡くなっていたらと言うのもまた面白そうだ
それほどの武将だね

995 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/09(金) 23:37:52 ID:f8WuQhos
息子の業盛はかわいそうだ、遺言に
「降伏するな、闘って死ね」
って書かれてたそうな
これを守った業盛も偉いよ
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コメント

  1. ヘガデル今田 | URL | m.2.LkcQ

    でも真田幸隆って長野家ではイジメられてたらしいじゃん。
    あの地方じゃ今でも真田幸隆を双六に例えてバカにしている歌が伝わっているらしい

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