実を失い虚を伝える事のみ多く

2015年05月17日 18:25

788 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/05/16(土) 20:28:02.55 ID:C5ZZpvZE
中世以来、公家の記録のほか、武家において書き置かれた日記や雑録は多い。
永正記の頃までは、事実を正して書いたものも少なくない。

ところが近世になって、関ヶ原や大阪の陣の事などを書いた書物は数十種類以上あるが、
それらは実を失い虚を伝える事のみ多く、中でも大阪の陣について最初に書かれたものは、
薦淵道士という物読みが、大阪城に籠もって生き残り、そこで書を説した。それをタネ本にして
難波戦記の類が書かれ、またその後、色々な所で話が作り出され、それらは虚実を論ぜられることに成った。

江戸において、鯰江正休という人物が、「佐々木族」という古系伝記を伝え、また浅羽氏、松下氏といった
人々も各々、現在の諸大名家の系図を語った。
これらの人々は、最初の頃は事実のみを伝えていたのだが、諸大名家より招かれ、また礼物などといって
人の伝記などを著述するようになり、そのため終にはあらぬ事をも付け添えて書くように成った。
このため識者の間では疑いを生じさせることが多い。

また、近江の六角氏についての伝記は殊に偽作であり、後世に至って大いに疑惑をなすことがある。
実に嘆かわしいことである。

(明良洪範)

江戸前期における、歴史の史料についての嘆きである。




789 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/05/16(土) 20:53:15.56 ID:qw2ya1NQ
>近江の六角氏についての伝記
江源武鑑のことかな

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コメント

  1. 人生七七四年 | URL | -

    >諸大名家より招かれ、また礼物などといって
    >人の伝記などを著述するようになり、そのため終にはあらぬ事をも
    >付け添えて書くように成った

    落人伝説がやたらあちこちにあるのも同じような理由で、
    旅の六部などが「あなた方は今でこそこんな山奥で貧しい暮らしをしているが
    元をたどればやんごとなき平家の一族で~~」と吹くと
    村人が喜び、待遇が良くなったかららしい。

  2. 人間七七四年 | URL | -

    田舎者の性質は今も昔も同じか…

  3. 人間七七四年 | URL | -

    幸村「なるほど」

  4. 人間七七四年 | URL | -

    神君伊賀越えも伝承を全部あわせるとのんびりとあちこちに寄り道した旅行のようになってしまいますしね。

  5. 人間七七四年 | URL | -

    ※4
    よし、途中で餅屋のババアに追いかけられる話を挟んでエキサイティング伊賀越にしよう!!

  6. 人間七七四年 | URL | -

    関ヶ原や大坂は参加者から話聞けて書いてることちゃうやんってわかるだけだったりして…

  7. 人間七七四年 | URL | -

    ※5
    オチはお約束の焼味噌ですね、わかります。

  8. 人間七七四年 | URL | -

    お前が言うな、とは誰も突っ込まないのな。
    江戸中期のとある寺の住職が見聞したという逸話の数々を後世に編集したもんなのに。

  9. 人間七七四年 | URL | -

    ※4
    それなんてオデュッセイア
    苦難の旅どころか地中海風光明媚の地巡りになるって言われてるんだよね…

  10. 人間七七四年 | URL | -

    ※9殿
    配下の人たちも風光明媚の地巡りを楽しんだ挙句、現地の女性と親しくなり
    残ってしまったのを、配下の人たちの家族には正直に言えないから
    怪物に殺されたと嘘をついたという説があります。
    さて、権現様にとってのペネロペって誰になるんでしょうね?

  11. 人間七七四年 | URL | -

    ※10
    万千代じゃね?

  12. 10 | URL | -

    ※11殿
    昼は機織、夜には織った布を解く万千代さんかぁ。
    その周りには、オデュッセイア権現様が成敗する前にペネロペ万千代さんが片付けた
    物言わぬ遺産目当ての求婚者が…

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