栗山利安の野中氏攻め

2015年05月20日 16:31

35 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/05/19(火) 19:03:38.42 ID:dccwnytO
黒田孝高(官兵衛)・長政父子が、豊前において城井鎮房と戦っていた折のこと。

野中左京大夫、その弟の兵庫助はこれも豊前の国人で、他の者達より領地広く、殊に勇気人に優れた
者達であったが、城井方に付き、兵を多く集め、左京大夫は下毛郡津民村の長岩城に籠もり、
兵庫助は上毛郡友枝村の雁股ヶ岳城に立て籠もった。
両城共に堅固なる要害であった。

黒田長政は彼らを攻めるため、士卒を引き連れ向かうと、野中も居城より出て、井手の口と言う所で
対陣した。長政はここで大いに合戦して、野中勢を切り崩し、敵勢尽く城に逃げ入った。

その後、野中勢は籠城して手出ししてこようとしなかった。しかし彼の地は難所であるため、
急に攻め落とすことは困難であり、長政は孝高と相談し、栗山四郎右衛門(利安)に

「野中の城に馳せ向かい、何か手立てを以って攻め落とすように。」

と命じた。しかし四郎右衛門
「かの両城は切所であり、殊に敵は大勢です。私が小勢で攻めて、もし戦に負ければ、
お為になりません。他の者に仰せ付けられるべきです。」


長政はこれを聞くと激怒した
「四郎右衛門、臆したる返答なり!」

「そのように私を臆病者とお考えなら、なおさら他の者に仰せ付けなされ!」

「お前を選んで申し付けたのだ!どうあっても出陣しろ!」

そう再び命じた。
(長政是を聞て、四郎右衛門臆したる返答なりとて、以の外怒り給う。四郎右衛門申けるは、
左様に我等を臆病者とおぼしめさば、猶以余人に仰付られ候へと申しければ、
汝をえらびて申付るにてこそあれ、是非発向すべきよしふたたび命ぜられる。)


四郎右衛門は「この上はとかく申すに及ばず」と了承し、士卒を率いて彼の地へと赴いた。

彼はこの時『家臣多き中に、今度の打ち手に選ばれ指を向けられたことは、武士の面目、
これに過ぎる事はない。であれば、今度の戦に打ち勝って敵を平らげれば、生涯の大幸である。
もし撃ち負ければ、何の面目があって主君にも朋輩にも再び顔を向けられるだろうか。』と思い、
諸卒を励まし精力を尽くして戦った。

敵は山中より出て度々戦ったが、四郎右衛門はその度に戦の利を得たので、敵はその勇気に挫かれ、
叶わないと思ったか、ついに両城を放棄し退いた。

その後、野中兵庫助は豊後に逃げて身を隠していたのを、黒田孝高より大友に通報したため、
彼の地にて誅殺された。

今回の戦で、栗山四郎右衛門は度々の戦に打ち勝って敵を退治し、両城を乗っ取ったこと、
孝高・長政父子は甚だ感じ入り、その褒賞として野中の所領を四郎右衛門に与えた。

(黒田家譜)

なかなか面倒くさい、栗山利安の野中氏攻めの記事である。




36 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/05/19(火) 19:07:43.50 ID:UTKPfOmn
城井さんの石高ってどれぐらいあったんだろう?

37 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/05/19(火) 21:05:01.61 ID:De3nPYMt
10万程度

38 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/05/20(水) 05:54:28.96 ID:78f3vBWR
十万石程度の相手に、卑劣な騙まし討ちをしないと駄目だった豊臣・黒田
城井がそれだけ凄かった、と考えるべきなんだろうか

39 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/05/20(水) 09:03:51.00 ID:bRuGbdwU
城井さんと一族かわいそうだな クソ黒田&豊臣め

40 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/05/20(水) 09:08:39.46 ID:tzsugiDo
勝てる見込みのない戦いはしないのが秀吉官兵衛であって勝つつもりで戦うのが長政

41 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/05/20(水) 14:29:31.28 ID:1et9E2AO
>>38
程度っていうけど、12万石に封じられた大名が10万石の在地勢力を潰すって
かなり大変な気もする
秀吉が全面的に後援してなきゃさ

42 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/05/20(水) 16:18:47.83 ID:O5wfIdSV
秀吉はそこの土地やるから鎮撫はお前らでやれというスタンスではなかったか

43 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/05/20(水) 17:17:58.71 ID:R6AXP4Pj
>>42
んで、手に負えなくなって秀吉に泣きつくと、
改易が待ってる。佐々だの木村親子だの…

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    ※38
    この時代に騙し討ちはそれほど卑劣じゃあない

  2. 人間七七四年 | URL | -

    ※1
    とはいえ、宗茂の放し討ちが美談になっているところを見ると、やはりスッキリしたやり方ではなかったんだろうな。

  3. 人間七七四年 | URL | -

    そもそも戦の進行度が石高だけで無いと何時になったら気付けるのやら・・・
    本スレ38のコメント通りに行けば、秀吉が小牧で負けちゃったのはどう言い訳するのさ?
    そして39見たいな感情論だけで物言う奴も歴史好きを名乗らないで欲しいね。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    元はと言えば転封を拒否して立て籠った城井さんの方が……

  5. 人間七七四年 | URL | -

    佐々成政「国人衆ってマジ空気読めないよなw」

  6. 人間七七四年 | URL | -

    仏の嘘は方便 武士の嘘は武略

  7. 人間七七四年 | URL | -

    地方の国人は絶対権力者の怖さをイマイチわかってなかった感があるよね。
    「天下様」の命令を大名との利権交渉の延長線上で捉えているように見える。

    秋月みたいにガチで怖い目にあった所は身に染みてわかってるっぽい。

  8. 人間七七四年 | URL | -

    そして肥後国人衆は佐々諸共ジェノサイドに遭い
    ちょっと後で宇土城普請を拒否った天草の国人連中もボコボコにされると

    自分の知る限り肥後国衆一揆について記述した本や記事では大体どれも
    秀吉の書状の指示内容が時間が立つにつれ
    どんどん過激になってると記述されててああー…(溜息)ってなる

  9. 人間七七四年 | URL | -

    鬼武蔵「言う事聞く人だけ居れば良い。後は適当に理由付けてサクっ」

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