信濃国岩村田法華宗の僧公事の事

2015年06月02日 13:57

867 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/06/02(火) 05:45:09.09 ID:3bxDsVUV
信濃国岩村田法華宗の僧公事の事

信濃国岩村田に、いかにも小分の百姓があった。この家の夫は浄土宗、女房は法華宗にて、
夫は妻を我が宗に成るように言い、女房は夫に法華になり給えと申し、決着つかず
この事で夫婦の仲も悪くなった。

夫は亡き父母のために、毎月それぞれの月命日に浄土宗の出家を招いたが、女房はこれを気に入らず、
女房は母の月命日に法華坊主を呼べば、夫は殊の外腹を立てた。

夏の頃のこと、夫が馬の秣を刈りに明け方家を出た。その日は女房の母の月命日にあたり、この日は必ず
法華の坊主も家に来ていた。

その坊主も、日が高くなって気温が高くなるのを嫌い早朝にその百姓家に来て、衣を脱いで垣にかけて、
川のせせらぎの傍らに立って小便の用をたし、井戸の元に来て手水をつかい、衣を取って着ようとした。
この様子に気づいた女房は、「御坊が早くお越しになった」と、急ぎ起きて窓から
「御坊、お早くお着きになりましたね」と言葉をかけた。と、ここにどうしたわけか夫が戻ってきた。

法華の坊主はまだ衣を着けておらず、夫の姿を見て慌てて衣の紐を結んだ。
この姿に夫は激怒した
「前々から気にいらなかったが、こんな事になるとは聞いたこともない話だ!」
夫は様々に坊主を罵り押さえつけて縛り上げた。

この事態に、出家と同じ宗旨の僧たちが近郷より数多来て、重ねてこのようなことがあってはいけないと、
目安を書いて所の領主に提出した。

領主は、仮初であっても出家の事について、私的な裁きは出来ないと、現地の代官を添えて甲府の
四奉行にこの案件を上げた。奉行たちは状況を聞いて

「この件は、出家に非があるというにはいかなる証拠もない。しかし百姓が無理を言っている様子でもない。
だからといって小さな訴えであるのだから、正しさを証明させるため。双方に鉄火、あるいは
みたけの鐘というような事をやらせる程でもない。」

このように色々詮議したものの、奉行四人の分別にかなわず、仕方なく主君・武田信玄の判断を仰ぐことにした。

信玄はこの件を説明されると即座に
「その縄のかかった出家の所業は、他の宗旨ならば様々な解釈もあるだろうが、日蓮宗においては先ず
誤りを犯している。どういう事かといえば、法華経の五巻に『入里乞食将一比丘若無比丘一心念仏』とあり、
これを訓読みすれば『里に入り乞食するならば、まさに一人の比丘を連れよ。もし比丘なければ、
一つ心に仏を念じよ』とある。どうしてその出家は、他の僧を一人連れて行かなかったのか。

仮に、雇われる坊主に事欠くならば、その身一人で行ったとしても、数珠を取っていかにも殊勝な体にてこそと、
法華宗では申している。衣を脱ぎ、人の不審を抱くような姿をみだりにして出家の威儀を乱すこと、
法華経の宗旨に照らしても法に背く道理である。

さりながら、いやしくも仏に仕える出家に、証拠もなく粗忽に縄を掛けることは、わたくしにやっていい
事ではない。一方でこの百姓を、狼藉であると頸を斬れば、相手が出家であるだけに、その仏の慈悲が
隠れてしまう。

であるので、百姓には百日の籠居とし、彼の女房は、このままその男と添い遂げるのも、離別するのも
女次第であり、これは申し下すにも及ばない。
またこの出家は、いかに田舎に住む無学の僧であるとしても、その経文に背くのは曲事である。
であるが先の百姓の申すことにも証拠がないので、これも罪科にはならない。彼の罪は
経文相違の事だけである。

経文に相違した出家をそのまま置くのは宜しくない。よって経に背かないよう志し、他国に参って
出家として修行すべきだ。よって、我が分国から追放せよ。」

このように青沼介兵衛、市川宮内ノ助両人に仰せ付け、遠国を精査させ、出家を能登国へと遣わした。
(甲陽軍鑑)



869 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/06/03(水) 08:53:18.18 ID:l/rm9zfQ
>>867
お屋形さまは本当に博識だな 軍学だけでなく法華経の一節にまでもくわしい

870 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/06/03(水) 10:55:06.11 ID:l09lLSZr
甲斐の総本山様と上手く付き合う上で必須だったんだろ

871 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/06/03(水) 10:58:43.81 ID:9FEhlndk
自称天台座主だし八宗兼学でもおかしくない

873 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/06/04(木) 00:03:46.44 ID:foP/Vm+p
>>867
これはむしろいい話では。
さすが信玄公、経文を踏まえた見事なお裁き。
家中を乱す宗門間の争いの抑制もお考えかと。
百日籠居はちと重い気はしますが。

874 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/06/04(木) 00:17:39.85 ID:FpuC+TTb
出家を追放するにもちゃんと行く先まで面倒みてくれるなんていたれりつくせりだよw

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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    甲陽軍監のライターのはりきりぶりが読んでて恥ずかしい

  2. 人間七七四年 | URL | -

    100日謹慎と他国追放
    どっちが辛いかな…

  3. 人間七七四年 | URL | -

    ※2
    普通なら追放だが、法華経の坊主で行き先が能登なら、今でいう海外留学を進められたようなもんだからな。

  4. 人間七七四年 | URL | -

    単純に追放ってわけでなく、送り先を精査したって書いてあるから能登の方での受け入れ体制を整えさせたんだろうね
    百姓を罰すると不満の種になるし穏健で納得行く裁きだと思うわ

  5. 人間七七四年 | URL | sSHoJftA

    そして、僧侶が他国へ旅立つ前夜に、
    真田の手のものと名乗る武士が訪れ、
    間者になるように説くまでが武田ですw

  6. 人間七七四年 | URL | -

    のちの、飛び加藤である

  7. 人間七七四年 | URL | -

    これは、主君が皆が納得する見事な裁定をしました、、という主旨の逸話でおk?
    坊主がらみの百姓の痴話喧嘩の裁定に主君が出て行かなきゃならないほど基盤が安定していなかったと読むのは捻くれすぎかな?

  8. 人間七七四年 | URL | -

    ※7
    なんでも自分でやらないと気が済まないタチなんだよ

  9. 人間七七四年 | URL | -

    組織や法律が未成熟だとトップが直裁して判例を示す必要が有るんだよね
    直近の出来事で言えば中共で周恩来がトップの時、北京飯店で従業員と経営陣で衝突が起き周恩来が直裁したケースが有るね。あんな巨大国家でもトップが判例を出さなきゃ行けない時期がどうしても有るんだよね。
    逸話としては主君の名裁きを記載しているつもりなんだろうが、当時の甲州の未成熟ぶりがよく分かる話だと思う

  10. 人間七七四年 | URL | -

    ※9
    逆だ。武田の統治は最先端だった証拠。
    基本的に自領土だとしても、本領以外に対しては司法権を持たないんだよ。
    (本領だって農村同士や家臣の争いじゃなければもってないが)
    まして農民と僧のいざこざなんか下手に手を出したら一揆を起こされる。

    この時代、この逸話にあるような事件が起こったら、
    惣か国人レベルの領主、あるいは寺が関わってるから坊主が自分たちで片づける。

    これを武田家の直裁を頼む時点で、分国法が制定された後かつ守られてたってわかる話。

    これが戦国も末期になると、「そんなことで一々俺の手を煩わせるんじゃねえ!」
    ってのが逸話になるくらいなんだが、それはそれとして。

  11. 人間七七四年 | URL | -

    周恩来時代の中国は16世紀における最先端の制度を敷いていたということか…

  12. 人間七七四年 | URL | -

    ※5
    坊主「カンジャ!?カンジャナンデ!?」

  13. 人間七七四年 | URL | -

    まあ実際の信玄の権力じゃ本領以外には口出し不可能だろうけどね

  14. 人間七七四年 | URL | -

    ※11
    曹操だったか光武帝だったかの逸話でも、今でいう課長職レベルの人事の承認を頼まれて、
    そんなレベルまで私に決裁を求めるんじゃないって臣下を叱る逸話があるんだけどなー

    ま、いずれにせよ、時代もあるがそれ以上に、中央集権と封建制の違いを考慮せず論じることに無理がある。

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