甲府法華宗の僧公事の事

2015年06月10日 16:52

894 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/06/10(水) 03:25:15.62 ID:coR1VNVY
甲州府中の穴山小路に、新立寺という日蓮宗の寺があった。これには脇寺が14,5あった。
この14,5の中に林生坊、昌沈坊という坊主があり、女房を持っていた。この事を近所の町人である
ぬき名加兵衛、玉越松左衛門の両名が、訴人申し役である岩間大蔵左衛門へ告発した。

さてこの岩間大蔵左衛門であるが、彼が訴人申し役となったのは、数度の臆病をしたためであった。

武田信玄公は慈悲深き大将であったので、この岩間大蔵左衛門は家に久しき者の筋であったから、親の跡目
三百貫の知行を下し、何でも手柄を致すようにと思い、合戦の際には馬具足など与え「これに似合いの
心ばせを仕れ」と仰せになるなどしたが、その時は潔く請け負っても、勝負の時をいつも外し、
しかも遠くまで逃げること度々においてあり、卑怯のたびに牢に入る事7度であった。
7度目には信玄も家老の衆を召して言った

「岩間大蔵左衛門だが、様々におどしすかして取り立ててみたがどうにもならない。生まれつきの
未練者なのだろう。然しながら譜代の者を飢殺すもいかがかと思う。彼に似合わしき役を与えるように。」

そこで武田家分国の大身小身の侍或いは僧俗一切の人のこと、悪しき儀に関する訴人申し役が
この岩間に仰せ付けられた。一種の検察官である。

さて、これ故さきの林生坊、昌沈坊という新立寺の法華坊主が女房を持っているという事を聞いた
岩間は喜び、訴えでた二人の町人を同道し奉行所に訴え申した。そこで武田家の四奉行は
新立寺院主の御坊へ書状を送付し、林生坊、昌沈坊の二人の僧を御蔵前に召し寄せた。
そして岩間とぬき名加兵衛、玉越松左衛門の二名が呼び出され、二人の僧と対決させた所、
法華坊主は両人ながら負けた。しかし、彼らはここで申し上げた

「妻を持っている僧は我々だけではない!法華の寺の中を数え立てても、何れの寺にも
5人6人は居る。我々の寺の中から10人を訴えたとして、清僧は2,3人いるかどうか。
新立寺の脇寺15間の間にさえ12人いるのなら、甲州中では、在郷の僧も含めれば200人も
罪に問うことに成ってしまうのが、この林生坊、昌沈坊への裁判である!」

諸人はこの裁判の成り行きに関して、法華坊主が際限なく斬首、あるいは火炙りにされると沙汰した。

奉行衆は以前、岩村田の法華坊主を証拠もないのに御分国から追放した。
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-9299.html
ましてこれは大方の裁判ではないと、急ぎ事実関係を改め記録を作り、武田信玄に書面を以って申し上げた。

信玄はこれを聞いて
「この坊主たちは皆日蓮宗か。法華修行の僧ならば問題はない。何故なら法華経に、『貴賤上下
持戒毀戒威儀具足正見利根鈍根等雨法雨』とある。この経は、貴きも賤しきも高も低も、戒を持つも
戒を破るも、袈裟をかけるのもかけないのも、直に成るのも邪に成るのも、等しく法の雨を降らす、とあるのだ。
法の雨とは仏になることである。であれば、出家も俗も仏に成るにおいては別け隔てはないのだから問題ない。
ことに法華の坊主は、自分たちの経をかさにきての事であろう。
顕密(顕教と密教)ではなく日蓮宗の者が、女房を持つのは問題はない。免して持たせよ。

ただし、清僧であればまた問題は別だ。清僧に対する特典は何かしらあるべきだ。でなければ清僧落僧の
隔てが無くなってしまう。清僧落僧の隔てとして、今言ったことを書き立て、落堕の僧たちに、
妻帯役という税を申し付けるようにせよ。」

そうして安間と言う侍を妻帯役の代官にし、その後、妻を持つ法華坊主は、みなこの安間の元に、
年に一度ずつ年貢を出すことと成った。

(甲陽軍鑑)

法華僧妻帯者への、妻帯税設立の話である



895 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/06/11(木) 08:03:19.56 ID:Avv5eweo
信玄うまい

896 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/06/11(木) 08:56:22.65 ID:FdeOzc0v
法華坊主「ぐぬぬぬ…」
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コメント

  1. 人間七七四年 | URL | -

    謙信「そこもとは西暦で言うと1559年に出家したな」
    信玄「左様でござる」
    謙信「そこもとの娘の松姫が生まれたのは、1561年だったのう」
    信玄「左様でござる」
    謙信「勘定が合わん気がするが」
    信玄「大名は仕方なかろう。お主のところは、子供がおらんから、いらんもめ事が起きたではないか」
    謙信「そこもとこそ、子息がおっても揉めとるではないか」
    信玄「源氏はもめるもんじゃ!」

    義信・景勝「・・・」

  2. 人間七七四年 | URL | -

    あら、ここ最近の逸話ではえらく評判が悪い信玄、法華経への理解度は高かったんだね(自分たちの経を笠に着て、は特に)。だからこその酷い扱いの面もあったのか

  3. 人間七七四年 | URL | eODBluyE

    岩間大蔵左衛門とはなんだったのか

  4. 人間七七四年 | URL | -

    ※1
    仲いいなw

  5. 人間七七四年 | URL | -

    >武田信玄公は慈悲深き大将であったので
    この時点でもう終わってる気がする

  6. 人間七七四年 | URL | -

    岩間さん本当に臆病と告げ口以外の逸話のない人だなw

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